未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

僕が証明したい事はたった一つ。「内気な人間でも幸せになれる」ことだけだ。

3分でわかる『方法序説』(デカルト)

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3分で読める、デカルトの『方法序説』

 

始まります。

 

 

【導入】この本は何が言いたいのか

本書『方法序説』の作者は、17世紀を生きたフランスの哲学者ルネ・デカルト。

 

16~17世紀の近世と呼ばれる時代が始まり、人間は自然学を用いて世界を科学的に捉えるようになっていった。

しかし、当時自然学に明確な普遍性はなく、科学が実生活に取り入れられることもまだほとんどなかった。

 

そうした曖昧な自然学に"哲学"の考えを組み合わせて確実性を持たせていき、数学や物理学といった近代科学を最初に始めたのがデカルトである。

 

 

【『方法序説』は科学的論文の序文にすぎなかった!?】

本書『方法序説』の内容とは、「屈折光学」「気象学」「幾何学」についての3論文の前置きにあたる序文である。

実際、本の正式名称は、『理性を正しく導き、学問において真理を探究するための方法の序説。加えてその試みである屈折光学、気象学、幾何学』という。

 

「我思う、ゆえに我あり」

科学の確実性を証明するには、まず人間の精神が確実であることを証明する必要がある。

そして、デカルトは自分の精神の中の疑わしいものを全て排除していった。

 

視覚、聴覚、触覚、、、どれも疑わしい、、、では推論の力はどうだろうか、、、いやこれも疑わしい、、、分かっている問題でもうっかりミスをしてしまう時はあるし、、、、疑わしい、、疑わしい、、、、疑わしい、、、、、、

そうだ!!!!!!

この「疑っている自分」だけは疑いなく存在しているではないか!!

 

「我思う ゆえに我あり」だッ

 

私の中の全ては疑わしいが、"考える"ことを疑うことだけはできないのだ。

 

つまり、「考える」という行為自体の確実性は保証され、その確実なものから大きく外れないように慎重に拡張していけば、科学・哲学の確実性もまた保証されていくのではないだろうか。

 

 

人間は「精神」と「肉体」で構成されている

 人間は「精神」と「肉体」という二つの要素で構成されている。

 

精神は、考えることが本質だから肉体がなくても存在しうる。

肉体は、考えるという非物理的な性質がなくとも存在しうる。

 

つまり、精神と肉体はそれぞれが独立して存在している(心身二元論)

 

デカルトは学問の基礎とは普段の日常を超越した範囲で保証されると考えていた。

 

世界は機械のように決まった通りに動く

人間は精神と肉体によって構成されている。

では、他の動物や植物などではどうか?

 

たとえ動物であっても機械のように規則に従って動いているにすぎない(機械的世界観)。

人間以外の存在は意志的なものを持ちえないのだ

 

したがって、全ての物体(人間以外は生物も含む)は運動法則に則り機械的に動いているだけであり、その法則を理解できれば自然現象を解明することもできる。

 

【結論】科学を普遍的で実用的な学問に築き上げるぜ!

デカルトの「我思う、ゆえに我あり」や「心身二元論」、「機械的世界観」には現代では明らかに間違いだと分かるような考えも含まれている。

 

しかし、デカルトの功績の素晴らしさはそうした理論の正しさによらない。

曖昧で実用性に欠けていた自然学に確実性を持たせて、科学を実生活で使える学問へと昇華させようとした試みこそが、デカルトが近代哲学の父と呼ばれる所以なのである。

 

参考文献