未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

HSP(過敏感)の筆者が、人・作品・自己啓発についての考察記事を書いていきます。

【HSPの日常#1】的を得た「批判」は怖い

 

【HSPの日常】っていうシリーズをこれからやってみようと思う。

 

内容としては、HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)特有の日常の体験記を綴っていくというもの。

忙しい人でも手軽に読めるように、割と短めに収めていくつもりだ。

 

 

 

軽い「問答」は怖くない

僕は緊張しいなので、自分に対して他人が意識を向けるとすぐに胸がドキドキする。

心臓の鼓動が早くなって、身体中に血が巡っているのが分かるくらいに胸打つ。

 

だが最近は、この症状は弱くなってきている。

なぜなら、他人の意見を軽く捌いて気にしないようにする方法を学んだからだ。

軽い問答くらいであれば、今の僕の心が揺らされることはあまりない。

 

緊張しいで弱気な自分が出てきたら、意識して自分を軌道修正してあげるようにしている。

 

物事の「違和感」が目に付く

これは、HSP特有の特徴だと思うが、僕はある主張や事実の孕んでいる小さな「違和感」を感じとることができる

 

パッと文章を一読しただけで、違和感があるかないか判断することができるのだ。

違和感を抱いた後はその時感じた自分の気持ちを整理してあげることで、その主張の間違っている点が自ずと浮かび上がってくる。

 

違和感の糸を手繰り寄せていくことで、自分への批判に対する答えを見つけることができているのだと思う。

 

的を得た「批判」は怖い

ある程度の批判には対処できても、恐いものはある。

中でも、的を得た「批判」を受けると今でもドキッとさせられる

自分で自分が間違っていたと気づかされる、あの逃げ場のない気持ちはいつになっても恐ろしいものだ。

 

「間違っていました。以後気を付けるようにしたいと思います。」なんて決まり文句を吐いたとしても、屈辱と後悔と恥辱が無くなることはない。

これまたHSP特有の"考え過ぎる"特性のせいで、嫌なことも一日中頭の中にずっと残ってしまう。

 

だからこそ、的を得た批判は怖い。

 

反抗するのも、心の中で自分を納得させるのも、どちらにしてもエネルギーが奪われる

対処しようとするだけで、心が摩耗していく。

 

「批判に批判するのはムダだ」と言っている人がいたが、たぶんこういう事が言いたかったんだろう。

疲れるだけだから止めておけ、と。

 

でも、僕は批判全てを打ち崩していく人生を選んだので、残念ながら止まることはできない。

心を疲弊させずに"対抗"していく術を磨いていくしかないんだろうな。

 

 

以上。

それでは、また