未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

HSP(過敏感)の筆者が、人・作品・自己啓発についての考察記事を書いていきます。

【HSPの日常#2】誰も「傷つけ」たくない

 

僕は他人から悪意を向けられると、すぐに傷つく。

 

なんで自分はこんなにも責められているんだろうと、すぐに思い悩む。

 

そして、僕は、他人から傷つけられるのと同じくらい、自分が他人を傷つけてしまうのも嫌いだ。 

 

 

 

無意識に他人を「傷つけ」てしまっている

僕は今まで傷つけられることにばかり目を向けていた。

社交性に欠ける僕は常に"被害者"であるのだと思っていた。

 

だが、最近になって気づいたのだが、僕は無意識のうちに他人の心を傷つけてしまっているようだ

あれだけ遠ざけようとしていた"加害者"に、いつのまにか自分自身がなってしまっていたのだ。

 

どの場面において加害者になってしまっているかというと、この「ブログ」においてだ。

このブログの記事を読むことにより不快な気持ちを抱かれた読者が、少なからず存在している。

 

匿名でのコメントを許可していると、そうした剥き出しの感情を目にすることができる。

僕の犯している過ちを正確に知ることができるのだ。

 

誰も「傷つけ」たくない

今回の記事で何が言いたいかというと、僕は本心から誰も傷つけたくないということだ。

できることなら、読んだ人全員が幸せな気持ちになれるような記事を書きたいと思っている。

 

なぜなら、HSP特有の深い共感能力により、周りの誰かが傷ついていると自分も同じくらい傷ついてしまうからだ。

自分のせいで誰かが傷ついていると思うと、本当に胸が締め付けられたような気持ちになる。

 

僕がその傷ついた一人の心を見捨ててしまったら、その人が救われることはないんじゃないかと思ってしまう。

納得はできないかもしれないが、できることなら僕のこの誠実さを少しでも感じ取ってもらい、悪意がなかったことを知ってもらいたい。

 

あとは、この気持ちがただの自己満足にならなければいいのだが…。

 

「傷つけ」なくする努力は怠らない

というように、僕はできれば他人を傷つけたくない。

だから、他人を傷つけないようにする努力を怠るつもりはない。

 

例えば、頂いたコメントには1日以内に返信するよう意識している

ネット上での摩擦が生じるのは、"一方通行"での情報の発信しか為されていないのが原因だと思っているからだ。

双方向でのやり取りを行えば、何らかの合意は得られるはずだろう。

 

「ネットで叩かれてる人に実際に会ってみたら良い人だった」なんてのも、こういう事なんだと思う。

その人の本心を聞いてみたら、意外と考えて行動していたという発見があったりもする。

 

だからこそ、僕は「会話」を重視する。

 

 

 

以上。

それでは、また。

 

 

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