未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

HSP(過敏感)の筆者が、人・作品・自己啓発についての考察記事を書いていきます。

【HSPの日常#5】人間の「深淵」をのぞき込みたい

 

突然だが、あなたはどんな時に興奮するだろうか?

 

スポーツで白熱した接戦を繰り広げている時なのか。

それとも、気になる異性と一対一で話をしている時なのか。

 

ちなみに、HSPである僕の場合は、他人の持つ人生哲学や過去の闇などを垣間見た瞬間に一番興奮する

 

「へえー、君ってそういう真っ直ぐな信念に従って生きてるんだ。」

「ああ、僕とは全ッ然違うんだねえぇ!!!!!」

 

っていう感じに、めちゃくちゃテンションが上がる。

 

自分以外の他人が毎日何を考えて、何に悩み、何に一所懸命になって生きているのか、A4十枚のレポートにまとめて提出してほしいくらいだ。

 

それくらいに、僕は人間の深淵をのぞき込むのが大好きなんだ。

 

 

 

他人の趣味にあまり興味がない

そもそもの話だが、僕には自信を持って趣味と呼べるようなアクティビティを持っていない。

「あなたの趣味は何ですか?」と聞かれても何も答えることができないのだ。

 

詳しくは下記の記事でも話している。↓

 

分かりやすい例を出すと、僕は音楽というものに全く興味がない

聞いている最中にはもちろんある程度は感動しているが、聞き始めて25秒くらいでもう既に飽きてくる。

 

フルで歌える曲というのも、7曲ほどしか持ち合わせていない。

それらの曲も全て、人付き合いのカラオケのためにムリして覚えただけだ。

 

ハッキリ言って、僕は普通の人と感性が全く合わない異常者なのだろう。

 

自分の趣味がないのと同様に、他人の趣味が何であるかという話にもほとんど興味が持てないのだから。

 

普通の人から見れば異常だろうが、これが僕にとっての通常だ。

 

完璧な人間の持つ"弱さ"に興奮する

一緒に勉強している同級生や共に働く同僚に対して、「この人は本当に完璧だなあ。自分も見習って頑張りたいな!」と思うことはないだろうか。

 

僕には他人のことを美化して見てしまうような癖がある。

元々の自己肯定感が低かったこともあり、周りの人間がみんな"素晴らしく立派な人間"のように見えてしまうのだ。

 

そして、そんな完璧に見える人間が現実と理想のギャップに苦しんでいる姿を見ると、狂おしいほどに興奮してしまう。

 

「え、君って意外とそんな些細な事でつまずいちゃうんだ?」

「完璧に見えるのは外見だけで、所詮僕と同じただの人間だったんだね!!!」

 

今まで大きな劣等感を抱えて生き続けてきた後遺症なのかもしれないが、素晴らしいとされる人間が自分が見下せる範囲にまで落ちてくることに喜びを感じてしまうのだ。

特に、今まで何の苦労もしてこなかったような精神が綺麗な人間に、己の醜さを自覚させたときのあの愉悦は何物にも代えがたいんだよな。

 

一言で表すと、歪んでいる。

 

なぜそんなに完璧でいられるんだ

僕にとって、他人というのは全員もれなく「アニメに登場する主人公」のように見えてしまっている。

絶対に間違わないし、いつも正しい選択肢を取るヒーローのような存在だ。

 

だからこそ、彼らが僕と同じ人間であるということを知りたい。

 

彼らのことをたくさん知ることで、彼らが僕と同じくらいに汚い存在であることを知りたいんだ。

 

 

 

はい、以上。

それでは、また。

 

 

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