未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

HSP(過敏感)の筆者が、人・作品・自己啓発についての考察記事を書いていきます。

HSPという名の「選民思想」を持ってる僕は果たしておかしいのだろうか

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最近、他人から言われて気づいたことがある。

 

それは、僕がHSP(敏感な人)という特性に対して「選民思想」 を持っているんじゃないかという話だ。

 

事実、この指摘は正しい。

 

僕は、HSPという五人に一人しか持たない性質に"選ばれた"という意識を持っている。

 

普通の人とは異なる"特別な人間"であると自分自身を認識している。

 

そうした自身の考え方に疑問を持ったことは一度もないし、これからも続けていくと思う。

 

今回は、そこら辺の「選民思想」について詳しく分析していく。

 

 

 

誰からも理解されない

僕はHSP特有の"深い思考"を活かして、物事の本質を理解しようとするのが好きだ。

 

おそらく、僕は他の誰も思いつかないような突飛な結論をいくつも導き出している。

 

そして同時に、そのHSP的な思考が理解されることはほとんどない

 

「面白い」と評価されることはあっても、HSP以外の人に「共感できる」と評価されることはほとんどないのだ。

 

それもそのはずで、非HSPというのはそもそも物事の裏の裏など考えようとはしていない。

"考える"という行為が無意識領域にまで浸食される感覚がそもそも分からない。

 

「考え過ぎない人」がマジョリティを占めるこの世界で、果たして「考え過ぎる人」が導いた真理とは真理になりうるのだろうか。

いや、ならないだろう。

 

HSPが一生懸命考えて真理を打ち出しても、非HSPにとっては「いや、考え過ぎだよ」という感想しか出てこない。

それが、当然だ。

 

HSPが考える真実とは、HSPにとっての真実でしかなく、マイノリティの真実であるから、この世界での評価は必然的に低くなる。

 

僕は今まで全人類に向けて発信してきたが、実は人類の五分の一にしかその価値はないのかもしれない。

その五分の一の選ばれた人間に向けて発信しているという意識が、さらに僕の選民意識を加速させている。

 

少数派(マイノリティ)という希少性

少ないモノとは、存在しているだけで価値がある。

たとえ実用性がなくとも、希少であるだけで人は高い評価を下す。

 

つまり、人類の中で少数派のHSPとは、選ばれた存在であり、存在そのものに価値がある

 

他の全ての人が簡単にできることを僕一人だけができないということは、僕は普通の人は異なる希少な存在ということだ。

僕がこの世界から除け者にされている感覚を覚え、僕がその他大勢から共感されない存在であるほど、僕はそれだけ特殊な存在ということになる。

 

SNSの普及に伴い「自分が何者かになりたい」という想いが高まる昨今において、人はHSPとして産まれるだけで"特別な人間"になることができる

 

産まれた時点で始まる、ソシャゲの能力値ガチャのようなものだ。

五分の一のSSRを引けた人間は、そのまま勝ち組()になることができる。

 

HSPが先天的な特徴であることも、選民思想を煽る一つの要因だ。

 

HSPでない自分に価値はない

なぜここまでHSPであることの素晴らしさを謳うかというと、それは今までHSPであることにより様々な被害を被ってきたからではないだろうか。

 

自分がHSPだと知る前は、自分の被る不利益を全て、自分の能力不足のせいにしていた

当時は、「他の人は普通にできているのに、自分はなんてダメなんだ」などと考えていた。

 

しかし、自分がHSPだと知った後は、自分の被る不利益を全て、自分がHSPであることのせいにするようになった

今は、「自分が社会で生きづらいのは、全てHSPのせいであり気にしても仕方ない」と考えるようにしている。

 

僕は僕がHSPであることにより、日常で感じる辛さ全てから解放される。

 

もし、今のままの僕からHSPという属性が取り払われれば、僕の存在する価値というものは一切合切なくなるだろう。

 

それほどまでに、HSPという記号に依存している

 

それも、当然だ。

HSPに依存するだけで、自分の抱える全ての短所が許されて、無限の長所が湧き出てくるのだから。

 

【最後に】率直な気持ち

選民思想を持っていると言っても、これを常時意識している訳ではもちろんない。

 

この気持ちが強くなるのは、主に以下の2パターン。

  1. 自分の発想が、他人のものより遥かに独創的だった時
  2. 自分のある能力が、他人のものよりも著しく低かった時

 

もっとハッキリと言うと、

「自分が他人よりも著しく優れていると思った時と「自分が他人よりも著しく劣っていると思った時に、僕の選民意識は激しく揺さぶられる。

 

HSPという記号と自分の境遇が上手く合致した時、僕は真に心の中の選民思想を実感する。

 

自分に価値があると思い込みたいという意味で、これは一種の"依存"に他ならないのかもしれない。

 

 

 

というところで、今回は以上。

 

それでは、また。