未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

HSP(過敏感)の筆者が、人・作品・自己啓発についての考察記事を書いていきます。

コミュ障HSPが自信を得て「マジで嬉しかった」こと5選【閲覧注意】

 

どうも、コミュ障であり、HSP(過敏感)でもある、筆者です。

 

 

↑前回の記事に引き続き、今回は自信を得たあとの【後日談】について語ろうと思います。

 

内容は、「元々自信のなかった筆者が、自信を得て変わったこと」についてです。

 

ただ、注意して欲しいことが一点だけ。

今回の記事は、コミュ障HSPの生々しく辛い体験談が書かれているので、共感性羞恥もちの方にはキツイ内容になっているかもしれません。

というのも、「感動」の気持ちより、「辛かった」気持ちの方を強調して書こうと思うからです。 

 

「それでもいいよ」という方はぜひ読んでいって下さい。

 

それでは、始めます。

 

 

 

1.上を向いて歩けるようになった

はい、僕は齢20を過ぎてからやっとこさ、上を向いて歩けるようになりました。

 

それまでは、歩くときはずっと前方2mくらいの地面を凝視していました。

幅が狭くてやたら長い廊下で他の人と鉢合わせた時は、もう地獄です。

 

目線をどこにやっていいかが本当に分からない。

そして、自分の歩き姿や手の置きどころ、服装が変じゃないかと気になってしょうがなくなります。

 

周りの目が気になって気になって、もう自分が本当に歩けているのかすら分からないグラグラとした感覚に包まれるのです。

 

「なんだか、何か周りがぼやけて見えるな・・・」

「あれ、俺って本当に生きてるんだっけ・・・?」

 

冗談じゃなくて、大マジでこれです。

 

自分の身体の動きと頭が繋がっていないような感覚。

分かる人いるかなぁ…。

 

2.陽キャに対して劣等感を抱かなくなった

これも個人的にはかなり嬉しかったです。

僕は、相手が自分と同じくらい自信の無さそうな相手じゃない限り、もれなく劣等感を抱いていましたから。

 

「ああ、〇〇君のご機嫌を取らなきゃ!根暗だって思われてないかな…。きちんと相槌打って笑顔でいなきゃ…。へらへら…」

ってな感じで、対人コミュニケ―ションにおいてとことん下手に出ていました。

 

「自分は相手よりも価値がない」という潜在意識が頭の奥底までこべりついていて、自分を大きく見せることに必死になっていたんだと思います。

 

(陽キャ・・・コワイ・・・・コワイヨ・・・・・・・)

陽キャに震えて過ごすことも、もうないんだな…。

 

3.緊張で声が震えることがなくなった

僕は重度の緊張しいです。

 

その中でも特に苦手だったのが、学校の授業中に一人で立って音読するやつです。

あれは本当に地獄。HSP特有の過敏感により周りの視線が痛いほどに僕に突き刺さるんです。

 

「あ、、、(心臓のバクバクが止まらん…)、、、、つ、つづれづれな゛るまま゛にいっ、、、(5秒間の沈黙)、、、、、、ひぐらしッ、(一単語言えたあああ!!!)、、、、、、、、、すずりにむかいて、、(あ、これイケてる!?!?)、、、、、、(いや、もうダメ…呼吸の仕方分かんない……)、、、、、こころにうつりゆくぅ、、、、(断念)

っていう感じです。

 

どうですか、そろそろ共感性羞恥もちはキツくなってきた頃合いでしょう。

僕はこれが中学高校を通して毎日続いた訳ですからね。

 

もうホントに毎日毎日「音読」が来ないことだけを祈りまくってました。

今考えると、これでよく不登校にならなかったなって思うくらいです。

 

頑張ったな中高時代の自分。

君の我慢強さにコングラチュレーション。

 

 

4.気持ち悪い被害妄想をしなくなった

自信のない人の特徴として、はたから見ると気持ち悪い被害妄想をしてしまうことが挙げられます。

 

「自分は何かの賞で選ばれるんじゃないか?」

「隣の席のあの子は僕のことを好きなんじゃないか?」

 

僕は長年、叶うはずのない意味の分からない被害妄想を繰り返してきました。

 

そして、その現実の見えていない勝手な期待は僕自身を苦しめることになります。

 

「毎日毎日何のイベントも起きやしないじゃないか!!!」

「なんだよ、結局僕はダメな奴なんじゃないか!!!」

 

そりゃあ、そうです。

行動しなけりゃ、何も変わりません。

 

君の人生は、他人にとってはちっぽけなものです。

君の人生を大事にできるのは、君自身だけなんです。 

 

5.自分の人生に絶望することがなくなった

得体のしれない絶望に包まれる恐怖を、皆さんは味わったことがあるでしょうか?

 

「自分の人生に光が見えない」

「なんでこんなに嫌なことがたくさんあるんだ……」

「もう、何も考えたくない。感じたくない」

「こんな人生から逃避したい。」

 

僕には逃避癖があります。

 

嫌なことがあると、すぐに逃げ出します。

何も考えなくて済む娯楽に逃げるんです。

 

「自分には、何も解決する力がない」

「自分は無力であり、蹂躙されていく運命にある」

 

そんな悲しみに過去の僕は包まれていました。

 

現実への絶望。

そして、その絶望を変える力が自分に無いことに絶望する。

 

必要なのは、「自分なら現状を打破できる」という確信とそれを支える根拠のない自信なんです。

 

【結論】僕は「幸せ」になる

今回の記事を読んでもらえれば、僕が今までどれだけ酷い人生を送ってきたか分かってもらえますかね…。

 

だからこそ、僕はもう後戻りするつもりはないんですよ。

 

自己愛性パーソナリティ障害だとか思われようと、もうどうでもいいんです。

 

僕が「幸せ」になるのであれば、それこそが正解の道なんです。

 

僕は知ってしまった。僕が幸せになれるという事実を。

 

だから、僕はその幸せを掴み取る。何を犠牲にしてでも。

 

僕が幸せになれない世の中なんて間違っているに違いないんだから。

 

 

以上。

それでは、また。