未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

僕が証明したい事はたった一つ。「内気な人間でも幸せになれる」ことだけだ。

インターネット上の人付き合いで「怖い」と思う瞬間

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皆さんはインターネットを活用する上で、怖い体験をしたことがありますか?

 

どこまでが普通でどこからが怖いになるのかは人それぞれだと思います。

 

ちなみに私のようなコミュ障でビビり症の人間は、インターネットを利用していると怖いと感じる場面が多々あります。

 

てわけで今回は、敏感な人から見たネットの世界を紹介します。

 

少なからず共感できるところがあるのではないでしょうか。

 

 

 

ネット上で怖いと思う瞬間

インターネットの世界でドキリとする展開はいくつかあります。

 

主に以下のような状況です。

 

自分についての話題が上がっている時

普通であれば、ネット上の多数の人に自身の話題が取り上げられることは少ないでしょう。

 

しかし例えば、ゲームのギルドなどの何かしらのコミュニティに属していたり、私のようにブログを運営していれば話は別です。

「アイツの能力は大したことがない」などの直接の指導が来ることもありますからね。

 

他人事として見ていた"ネットの住人"の視線が自分に向けられるのは、敏感な人にとっては慣れてなくてドキドキしてしまいます。

称賛か批判どちらにせよ、自分に矛先が向けられるのは新鮮な体験です。

 

自分では気にしていなかったのに他人からはよく思われていなかったりすると、発信者の身からしてもいい気はしません。

「ネット初心者×批判」は人の心を折るには十分すぎる力を持っていると思います。

 

ネットの住人の意外な一面を見せられた時

 

基本的に、ネットの住人をそれぞれ一個人として意識できてる人はいないでしょう。

「〇〇の掲示板にいる人たち」「〇〇のファン」のように大まかなジャンルとして見ているはずです。

 

実際には、ネットの住人たちに一人として同じ人はいないですが、それらを全て区別するのは不可能です

 

大まかに「たぶん、こういう人なんだろうな…」と認識することしかできません。

 

しかし、そう思って気軽に接していると、突然"意外性"を見せてくる人がいます。

「いつもは態度が悪い人が優しい一面をアピール」

「何も考えてなさそうな人がしっかりとした死生観を持っていた」

などなど。

 

私はこういう意外性を見せられると、途端にその人を怖く感じてしまいます。

 

今まで接して見てきたその人が"違う誰か"に変わってしまったような恐怖感を覚えるのです。

「悪い人として散々嫌ってきたのに、今さら人間味見せられたら責めづらい…」

「今まで気楽に接してきたのに、その時も色々考えて悩んでたのか…」

 

という感じで"今までの自分の人の見方"否定されたような気分になってしまいます。 

 

簡単に言うと これからは接しづらくなる ってことです。

 

結局は慣れ

ここまでインターネット上での人付き合いの怖さを紹介してきました。

 

ただ、これらの問題には確かな解決法があります。

それは、怖いと思う状況に何度も遭遇して慣れてしまうことです。

 

怖いと思う理由の大半は慣れてなくてビックリしてしまうことなので、感覚を麻痺させてしまえば怖いこともなくなります。

 

最後に、私が実際に経験したインターネットで怖いと思った状況を取り上げて、慣れる方法について解説していきます。

 

当ブログ初コメ

最初に取り上げるのは、当ブログで初めていただいたコメントです。

以下の画像をご覧ください。

 

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簡単に内容をまとめると、

筆者(私)がアベンジャーズを馬鹿にする記事を書いて、純粋なファン(読者)がそれに気分を害して注意した』

というやり取りです。

 

まず、このコメントを頂いたとき、私の気分はかなり高揚しました

「この記事を見ている人は実際にいたんだ」

「こんな感想を抱いているんだ」

今までボンヤリとした感じていなかった読者の存在をハッキリと感じられたからです。

 

心臓は常にドキドキと鳴りっぱなし。

「私はこの人にどう思われるのだろうか?」なんて考えてビクビクしていましたが、落ち着いてくるとふとこんな考えに到りました。

 

「この人に何と思われたところで、どうでもよくないか?」

別に読者のことを軽視してるとかそういうわけではありませんが、特段気にし過ぎる必要もないという話です。

 

しかも、この人は自分のブログを持っていない。

なーんだ、語り合いすらできないじゃないか…。

 

そう考えると、一気に気分が落ち込んでいきました。

"怖くない"ということは、"刺激がない"ということでもあるのでしょう。

 

加藤純一さんの記事

知らない人のために言うと、「加藤純一」さんとはニコニコ動画やYoutubeで活動をしている配信者の方です。

 

私は彼の配信を最近よく見ているということで、せっかくなので軽く彼の人間性について分析する記事を書きました。↓

 

何となく一日で書いたこの記事なんですが、意外にも現在Google検索『加藤純一』で最初の一ページ目に出てきます。

デイリーのアクセスは100以上で、まあまあの人から読まれてるようです。

 

アクセス源をちょろっと見てみると、彼のニコニコチャンネルの掲示板から飛んで来てる人が何人かいるみたいでした。

その掲示板を見てみると、私のこの記事についての意見を言っている人がちらほら見受けられるわけです。

 

その瞬間、私はこう思いました。

「おおお、あの過激派っぽい加藤さんの視聴者に私が認知されているのか…」ドキドキ

 

ぼけーと眺めて自分とは関係ないと思っていた彼の視聴者の一部の視線が、一瞬でも自分に注がれるとやはりドキリとしてしまいます。

「悪い方には転ばなければいいが…」なんて思いつつドキドキしていましたが、しばらくするとふとこんな考えが浮かんで来ました。

 

「いや、彼らにどー思われようが、どーでもよくね。」

よくよく考えてみれば、彼らは掲示板という自分のフィールドで独り言を言っているに過ぎません。

私のブログに来てコメントを残してもらわない限り、是非についての議論すらできませんから。

 

どうも私は自分に向けられる他人からの言動にビクビクし過ぎなのかもしれません。

でも時間が経てば、だいたいどーでもよくなりますよ。

 

 

 

 

長くなりましたが、この辺で締めさせていただきます。

 

それでは。