未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

HSP(過敏感)の筆者が、人・作品・自己啓発についての考察記事を書いていきます。

SNSでフォロワーを増やしたくなる本当の理由【承認欲求・嫉妬心】

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昨今、SNSをやっていないという人を見つけるのは難しい。

 

それほどまでに、Twitter、Facebook、Instagramなどの各種SNSは、著名人だけでなく普通の一般人にまで広く普及している。 

 

そして、SNSを始めた人間が口を揃えて何を言うかというと。

 

「フォロワーがもっと欲しい」

 

この一言に尽きるだろう。

 

承認欲求に突き動かされて、自分を見てくれる人を求めているだけなのか。

はたまた、数字としての戦闘力を高めたいという、虚栄心の表れなのか。

 

今回、この何気ない一言に秘められている真意というものを知るきっかけがあったので、記事としてまとめようと思う。

 

それでは、本編へどうぞ。

 

(※当記事の内容は、これからフォロワーを増やしたいと思っている人へ向けた、筆者のおススメする「心の持ち方」であり、特定の個人を攻撃する者ではありません。)

 

 

 

 

被フォロー者>>>フォロワー

まず大前提として、フォローされている人(被フォロー者)とフォローする人(フォロワー)の間には明確な主従関係が構築されている。

 

被フォロー者の方が、そのフォロワーに比べて圧倒的に強い力を持っていることになる。

被フォロー者>>>>>>>>>>>フォロワー

 

理由は簡単で、フォロワーは被フォロー者に興味を持っているが、被フォロー者はフォロワーに対して何の興味も持っていないからだ

興味を持っていて少しでも情報を得たいと思っているのであれば、相互フォローにするなりして繋がろうとするはずだろう。(相互フォローしていても興味がない場合もある訳だが)

 

つまり、被フォロー者はフォロワーに対して「一方的に自分のことを知ってほしい」だけであって、別に自分を支持してくれている人のことを知りたいとは思っていないわけだ。

 

フォロワーを増やすという行為は、これほどまでに一方的なエゴによって成り立っているということを認識する必要がある。

「教えてあげよう」という上からの優越であり、「知りたい」という下からの願望ではないのだ。

 

 

例えば、音楽スポーツ文学自己啓発などの特定の分野でフォローの関係が結ばれたとしよう。

 

すると、SNS上では、その自分の興味のある特定の分野の情報について盛んに交流し合うようになる。

特にフォロワーが多い人なんかは、有益で共感できる内容をバンバン発信してくれることだろう。

 

だが、ここでも、被フォロー者とフォロワーの間に生まれる壁は大きい。

なぜなら、被フォロー者は自分の持つ熟練した技術や知恵を見せびらかしたいだけであって、フォロワーたちから何かを得られるとは甚だ思っていないからだ。

 

そこには歴然とした実力差が存在するだけだ。

「フォロワーを増やす」ということは、「自分よりも知識や魅力の乏しい人を集める」ということに等しいことが分かる。

 

上下関係をなくして、フォローの関係というのは決して生まれない。

 

"相互フォロー"から逸脱していく承認欲求

ここで、相互フォローと承認欲求の関係について話しておこうと思う。

 

著名人ではない一般人がSNSをやっているとすれば、必然的に相互フォローの数が多くなっていくだろう。

 

それは、その人が多くの人を集められる経歴がないのと、そもそも一方的な情報発信を目的としていないことが理由として挙げられる。

リアルでの友達やネット上の知り合いとコミュニケーションを取るためにSNSを使い、あとはお気に入りの著名人を少しフォローするだけというタイプの人間のことだ。

 

だがしかし、ここで一つの疑問が湧き上がる。

 

人というのは本当に"相互のコミュニケーション"を求めているのだろうか?

 

結局のところは、自分のことを知ってもらいたいだけなのではないだろうか?

 

交友関係はお互いに"利"がある場合にしか生まれないが、相互のフォローというのはその利を生み出しているだけだろう。

それを意識しているかしていないかは別として、自分を知ってもらいたいから相手を知ってあげているというのが本当の真実だ。

 

つまりは、相互フォローという響きの良い名前の裏には、一方フォローとも変わらないドでかい承認欲求が隠れているわけだ。

 

プロフィール欄に「相互フォロー100%」なる文言を入れる人が一定数存在しているのも、こうした互恵を生み出したいのが理由になる。

 

同じ畑で生じる嫉妬心

嫉妬というものは大概、同じ分野に精通する人に対して抱いてしまうものだ。

 

だからこそ、必然的に、SNS上では嫉妬心が焚きつけられやすい

 

自分のなりたい人物像を既に実現している人がそこには存在して、多くの人間に囲まれている。

自分よりも圧倒的に経験が豊富で、自分なんか全然ダメじゃないかと不安がこみ上げてくる。

 

自分が本当に得たいのはフォロワーからの隷属意識であるにも関わらず、その完成された人を見た後は、いつのまにか自分自身に隷属意識が芽生えてしまっている。

インフルエンサーとして夢見た景色とは真逆のただの振り回される人になり果ててしまっているわけだ。

 

フォロワーを増やしたいと願ったその瞬間から、フォロワーの多い人への嫉妬心が突如として自分の内から湧きだしてくる。

そんなのは当たり前のことだし、人の抱く感情としては自然な流れだ。

 

そもそも発信することの目的とは何か

嫉妬をするのは何も悪いことではなく、むしろ嫉妬しない人は発信者として向いていないとさえ僕は思う。

 

そもそも、なぜ多くの人が知りたくなる情報を発信したいと思うのか?

 

「こんな面白い誰も思いつかないことを考え付いた、自分を褒めてくれ」

「自己研鑽の友として辛い状態の君を支えてあげる、自分を褒めてくれ」

 

 

 これらは承認欲求以外の何物でもない。

 

それを認められなければSNSなんてものを続けるのは難しいだろう。

もしくは、自分の真の思惑を認識する能力がない人というのも、それはそれで幸せだろう。

 

つまるところ何が言いたいかというと、

自分が何のためにフォロワーを増やしたいと思っているのか理解しないと、人間関係において変に消耗するということだ。

 

"自覚する"というのは精神的にとても良くて、自分の本心に素直になることができるのだ。

 

 

 

 

というところで、今回は以上。

Twitterを本格的に使い始めて一週間でその本質に気付いてしまった男がお送りしました。

 

それでは、また。