未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

HSP(過敏感)の筆者が、人・作品・自己啓発についての考察記事を書いていきます。

あなたは間違わない。そして、我々も間違わない【全ては肯定され共有される】

 

どうも、ハイネス(@hai_nesu)です。

 

この世界はとても難しいと思います。

 

生活の中でいくつもの困難を乗り越えなければならず、いくつかの自己矛盾にぶつかってしまうこともあります。

 

ただ、人は全てあまねく間違いません

 

誰もが同じように間違わず、全ての選択において正解を選び取っています。

 

この世に不正解などは存在せず、ただ漠然と生きることによって、それぞれは肯定されていきます。

 

 

 

過去の選択とは"必然"である

自分の取った選択が間違っているか否か。

過去の選択に対して後悔するか否か。

 

これら成否の判断基準に「良い結果が得られたかどうか」を挙げるのは適切ではないありません。

 

注目すべきは、その行動を選択したことに対する"必然性"についてです。

 

例えば、自分が満員電車の中で席に座っていて、立っている年配の方に席を譲ることができなかったとします。

その後、あなたはおそらく自分の情けなさに後悔することになるでしょう。もっと勇気があれば声をかけることができたのに、と。

 

ただ、そんな失敗を犯したあなたも"間違って"はいません。

 

なぜなら、仮にその瞬間と全く同じ状態のあなたが電車にいたとして、あなたは同じように年配の方に席を譲らないからです。

同じ状況が繰り返されたとしても、当時のあなたの失敗する運命を変えることは不可能であるということです。

 

寸分の狂いもなく同じ事象が繰り返されるのであれば、そこに"間違う"という表現が適さないことはすぐに分かります。

我々はただその時の環境と状態によって、機械のように動かされているだけであり、そこに自発的な選択は含まれてはいません。

 

水が必ず高いところから低いところに流れていくように、人も必ずその場の状況に則った行動を取ります。

コップから零れた水が上から下に落ちることを嘆く人はいないでしょう?

 

同様に、あなたが人生を振り返るのであれば、それらは全て正解の道筋を辿っているわけです。

 

自己の必然性を意識することにより、結果による価値の判断を超越して考えることができます。

そして、自責という行為における負の感情は全て消失し、ただの自己改善へと昇華されます。

 

自己と他者は"同一"である

人の抱える問題とは、大概が人同士の関わり合いによって生じています。

同じ人間同士で感情のままに強く罵り合っている人も多いです。

 

しかし、人の間で起こる争いとは立場の差にしか原因はありません。

 

そこにあるのは心身の状態の差、そして周りの環境の差だけです。

嫉妬、嫌悪、憤怒、どんな気持ちを相手に対して抱くのであれ、その感情によって相手を否定することはできないし、自分が否定されることもありません。

 

相手を自分に同調させたいのであれば、お互いの間の情報量の差を見極めて、諭していくのが正しい方法です。

他者を攻撃していると、意思の疎通とはかけ離れた結果になってしまいます。

 

人間という器を持っているという点において、自己と他者にはかなりの"同一性"が見られます

 

同じ性質を持っている者同士であれば、同じ環境にいおいては同じ反応を示します。

そこに例外はなく、固体が違うというだけで存在としては同一です。

 

人が自分の考え方を通して他人の考えを推し量ろうとすることからもよく分かります。

 

人間とは"共同体"である

人は共同体を形成して生活していますが、それは精神の世界においても成り立ちます。

 

他人が"労働力"や"情報"を提供してくれることにより、人は苛酷な毎日を生きることができていて、

同様に、他人が"生きる意義"を提供してくれることにより、人は精神を安定させることができています

 

人間全てがそれぞれ正しいのであれば、他人というのは一つの成功の道筋であるということです。

その一つ一つの積み重ねが、自分という存在を肯定するための力となっていきます。

 

ある意味で言うと、他者とは自己です。

人間という同一のカテゴリーに属すことにより、概念においての存在はかなり近しいものになります。

 

そして、人は、全く意見が異なる"他者"を肯定することにより、同様に"自己"を肯定することができるのです。

 

他人の存在を認めることにより、自分の存在も認められる。

こんな素晴らしい世界観は他にないでしょう。

 

自分が共同体の一部であることを意識して初めて、"人"としての自覚と恩恵を得られるのだと思います。

 

本質は"世界観の共有"にある

全ての人が間違わない世界観においてのコミュニケーション方法とは何か?

 

それは、他者に対して自己の世界観を共有することにあります。

 

例えば、同じ思想を持った人同士で固まることで、自分の世界観の正当性を高めていく。

また、赤の他人に自分の世界観を知ってもらうことで、作り上げた夢のように美しい世界を共に眺める。

 

本当に叶うかどうかは問題ではありません。

 

人は自分の理想の夢を、他人との交わりの中にひたすらに求めているんです。

 

この世界で自分が存在していいんだという事実。

自分が幸せを掴めるんだということの証明。

 

そんなことを一瞬でも思えたならどんなに心が救われるのか、言葉ではどんなに頑張って言い表せそうにはありません。

 

 

 

 

というところで、今回は以上。

 

それでは、また。