未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

HSP(過敏感)の筆者が、人・作品・自己啓発についての考察記事を書いていきます。

今日もまた不安が舞い込む。それらを全て削除する。【幸せの在り処】

 

どうも、ハイネスです。

 

このブログでは「幸せになる」という目標を掲げているので、もしかしたら読んだ人にはポジティブに思われることがあるかもしれません。

 

ただ、事実は少し違います。

 

僕が試みている営みとは、莫大な量のマイナスをゼロに戻していく行為です。

 

例えるならば、自意識過剰な人間が、ただ普通な人間に戻っていくだけです。

 

この簡単に見える作業に、幸せを見出しています。

 

 

 

心臓の高鳴りを止めたい

僕の持つ最大の目標は一つ。

 

「緊張しない人間になる」ことです。

 

根本的な願いはこれだけです。

 

この理想に、僕は20年以上恋焦がれてきました。

 

もし自分が「緊張しない人間」に生まれ変われるならば、何のステータスもいらないし、どんな悪環境であろうと構いませんでした。

 

ただ何の気なしに学校に通ってみたかった。

宿題をやってなかろうと、まだ志望校が決まってなかろうと、今日の日付が自分の出席番号であろうと、「まあ、何とかなるさ」と軽く考え、登校してみたかっただけなんです。

 

その理想が叶うようなことがあれば、どうなるか?

普通の人になることができた時に、何を思うのか?

 

それは、十分すぎるほどの幸せでしょう。

 

自分の欠点に言い訳していく

このブログでもう今まで散々書いてきているので、胃もたれ気味かもしれませんが、一応今回も書いておきます。

 

僕が求めるのは向上でも何でもなく、ただの"言い訳"です。

 

「世間では、〇〇(A)という評価が下されている。」

「しかし、この物事の真実は、正しくは〇〇(B)だ。」

「したがって、自分は悪くない。」

 

結局のところ、毎回この流れがやりたいだけなんですよ。

 

だからこそ、記事の内容もほとんどが、自分の身の上話に関係しています。

自分の意見を他者に認めさせるために、その外堀を埋めているのに過ぎません。

 

自分が納得したいだけであり、そこに感情は必要ないので、時にキツイ言葉を使ってしまう時もあります。

そこら辺は、今後改善していきたいポイントでもあります。

 

言い訳の実例(?)を紹介

僕は自意識過剰なので、基本的に仮想敵を作って怯えていることが多いです。

 

「他人から批判されたらどうしよう。」

「自分は果たして間違っているのだろうか。」

 

そんなことをよく考えています。

 

 

 

で、いつもは仮想敵なんですが、先日、質問箱に実際にネガティブなコメントが来ました。

 

過敏感なので、確認した瞬間は心臓がバクバクとしましたね。

 

「おお、ついに来たか」と。

 

ただ、一度立ち止まって考えてみると、その困惑って相手のことが分からないから生じているだけなんですよね。

 

だから、僕はそのコメントの意図を考えられるだけ全て網羅してみました。

 

回答は以下に載せておくので、気になる方は読んでみて下さい。

 

 (↓下記リンクから質問と回答が見れます。)

peing.net

 

要約すると、「君は大したことがない」と言われたので、じゃあ逆に「どうしてそう思われたのか?」を突き詰めてみた感じです。

 

やはり、僕は、自分の抱える不安要素を徹底的に分析すると、安心感を得られるようです。

 

語り尽くされたものに抱く感情とはやはり、"無"でしかありません。

 

被害妄想のように広がる思考を止めるために、僕は自分自身の全てを知りたいと願うのでしょう。

 

無限に沸き上がる負の感情を、ひたすら潰してゼロに戻していくような、超消極的な幸せ観を保持しているようです。

 

 

 

というところで、今回は以上。

 

それでは、また。