未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

HSP(過敏感)の筆者が、人・作品・自己啓発についての考察記事を書いていきます。

何の接点もない赤の他人を「支配」する方法

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皆さんは「他人を支配したい」と思ったことはありますか?

 

 

僕はあります。

 

というか、alwaysで思っています。

 

できることなら、周りの人間全てを「支配」して愉悦に浸りたいとすら思っています

 

いや、まあ、半分くらいは冗談ですけど。

 

「支配」という優越的な関係を築けると、日常における充足感が格段に増します。 

 

 

 

赤の他人を「支配」する方法とは

御託を並べてもしょうがないんで、結論から書きます。

 

僕の提唱する「何の接点もない赤の他人を支配する方法」とは、

支配したい対象を徹底的に分析することです。

 

分析、解析、考察、研究、解剖。

表現はどれでもいいですが、とにかく相手の持つ特徴について考え尽くして丸裸にします。

 

「〇〇は努力家で、勤勉で、誠実だが、金遣いだけは荒い。」

「〇〇は破天荒で、気分屋で、自分の欲求に素直だ。」

 こんな感じで、相手について徹底的に分析しまくります。

 

自分の持ちうる限りのボキャブラリーを全部使って、相手を様々な言葉で装飾していきましょう。

多少の間違いがあったとしても、自分から見て違和感がなければ大丈夫です。

 

なぜ「分析」が支配に繋がるのか

では次に、なぜ「分析」が支配に繋がるのか考えていきましょう。

理由は大きく分けると以下の2つになります。

 

  1. 相手を自分色に染められる
  2. 相手への興味が無くなる

 

それぞれ解説していきます。

 

1.相手を自分色に染められる

「分析」と言われると、"客観的"だというイメージを持つ方が多いでしょう。

中立な立場から事実をただ黙々と並べるだけだという印象を、多くの人が持ってしまっている気がします。

 

ただ、実際は、「分析」とはかなり"主観的"な行為であり、自身の語彙センスがいかんなく発揮される場です。

分析する方法は千差万別であり、それぞれに異なる結果が現れます。

 

誰かを分析するということは、その相手を自分色に染め上げることと同義になります。

だからこそ、分析した相手に対して、僕たちは優越感を抱くことができるのです。

 

「君はどう解釈するかは、その時の僕の気分次第なんだよ」

「君の本質を僕の手で作り上げていく行為が、支配でなくて何なのだ!」

といった感じで、とーっても心が満たされていきます。

 

素晴らしいと称賛するのか、それとも滑稽だと侮蔑するのか。

どんな選択肢もあなた次第。

 

この一方通行な評価関係こそが、支配関係に繋がっている訳です。

 

2.相手への興味が無くなる

 

相手を分析している最中は、夢中になって周りが見えなくなることもあります。

「この人はどんな人なんだ?まだまだ知らない面がたくさんあるぞ!」

「知れば知るほど面白い人だ。もっとたくさんのことを知りたいな!」

 

だが、分析する所が無くなってきた後、分析し過ぎて飽きが見えてきた後、何が訪れるのか?

それは、相手への興味の消失です。

 

相手への興味が無くなった結果として、相手のことがどうでもよくなり、相手に対する評価が急激に下降していきます。

 

「ああ、あの人?そんな人もいたなー。」

 

「でも、もう、あんまり興味ないんだよね…」

 

「自分の貴重な思考を割くほどに、あの人に対して真剣になれないな。」

(何だ、この人怖いな…)

 

 

このように、自分の脳内では相手<<<<<自分の図式が成り立ち、相手の相対的な価値が無に等しくなります。

この人間としての絶望的な価値の差こそが、僕たちの支配欲を大きく満たしてくれるのです。

 

これこそが、主観的で精神的な支配です。

 

最後に

あれ、何でこんな記事書いてたんだっけ…

 

こんな風になるはずじゃなかったのに…

 

これじゃあまるで、僕が根暗みたいじゃないか…

 

あああああああああああああああああああああ

 

それでは、また。