未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

HSP(過敏感)の筆者が、人・作品・自己啓発についての考察記事を書いていきます。

「自分に自信がないのに、ありのままの自分をさらけ出せる」人がいるらしい

 

どうも、ハイネスです。

 

ほぼほぼ前回の記事からの続編みたいな感じになるんですが、また同じ人と軽く語り合ってきました。

 

いやー、面白いです。

 

この世には自分と違う価値観を持った人が五万といるようです。

 

「自分に自信がないのに、ありのままの自分をさらけ出している」なんて、僕からしたら矛盾以外の何物でもないのに、当人にとってはそれが当たり前のことだそうです。

 

個人的には、自分に自信がないのなら、自分を偽るようになるんじゃないかと思ってたんですけどね。

 

矛盾や曖昧はうまく認識できないので、今回はこの事実を論理的に解釈してみようと思います。

 

 

 

自分に全く自信の持てない人間

今回、話をした方の特徴を、本人からの自己申告を基に構成していきます。

 

まず、その人は自分に対して全く自信を持てていません

 

自分の容姿も好きではないし、自分の性格なんかも好きではない。

自分なんかダメなんだと、しばしば口にするような人です。

 

人生観のような深い話をしている時には、「死にたい」という願望が心の奥底にあるという話までしていました。

自分の死のことを考えることによって逆に心が軽くなる、というマニアックな認知療法みたいなことをしているようです。

 

現実から逃避したいという傾向が強く、暇があればずっと寝ているとも言っていました。

日常において不満を持っているであろうことは、容易に想像できます。

 

「だから自分を偽るのは絶対に嫌だッ」

ん!?!?!?

 

どうゆうことですか?

 

“だから”で前後の文が繋がっていないのですが、それは…

 

 

というのも、本人によると、

  • 自分に自信がないことでストレスが大きい↓
  • それなら、日常でのストレスくらいは少なくしたい↓
  • 自分をさらけ出してコミュニケーションをする!

という図式が成り立つらしいです。

 

へー、そうなのかぁ。

 

自分と違うっていうのもあるけど、なかなか理解しづらいです。

 

 

しかも、さらに詳しく話を聞くと、以下のような特徴があるみたいです。

  • 他人からの評価は気にならない。
  • 物事のそれ自体を純粋に楽しめる。
  • 自分の信念を曲げずに貫く。

 

あれ?

「自分に自信がない」っていうのを聞いて、勝手に親近感が湧いていたのに、話を聞くうちに、もう段々と自分とは遠い存在なんじゃないかと思えてきました。

 

てか、何その芯の通った強い意志。

相対的な自分の弱々しさに、足震えてきましたよ。

 

小鹿だと思っていた相手が巨躯の大虎だったと気づいて、この時は本気で胃が痛くなってきてました。

くるしい。

 

僕は一体何なんだ?

うん、いやホントにさ。

 

「自分を偽ってる人って、なんか可哀そう。そんなの絶対生きづらいよ。」

 って言われて、普段からバリバリ自分を偽りまくってる自分としては何を感じて、何と答えればいいんですかね。

 

自分をさらけ出したところで誰にも理解されないだろうし、自分を他人にさらけ出すことに何の価値も感じないわけで。

人間の本質はこの世で一番汚いものだと自認していて、それが漏れ出ることはそのまま犯罪に繋がるんじゃないかと思ってる。

 

少しでも相手からの心象が悪くなるのであれば、自分の存在なんてものは意味のないものだと刷り込まれてて。

コミュニケーションの着地点には、相手を支配するという結末しか選ぶことができない。

 

もう、純粋に物語を楽しむことができなくなってしまった。

泣くほどまでに感動した5分後には、もうその行為による意味を求めてしまう自分がいる。

 

たぶん、この世界というか、人間を性悪説だとして捉えているのが原因なんだろうな。

 

自分の中の汚れを取り払うために、他者がどれだけ汚いものであるかを証明しようとして。

人間の行動を一つ一つ徹底的に分析することが、その滑稽さ、哀れさ、醜さ、不完全さを示すことに繋がると信じている。

 

この世の全ての人間が汚染されたものであるならば、どんな自分であろうと愛せるようになるはずだから。

素晴らしい、と大勢の人から思われてる高潔な存在を、無性に貶したくなる欲求に駆られてしまう。

 

自分の幸せになれない世の中の存在意義なんてものは、果たしてやはり“ない”ような気しかしなくて。

それでも、他者を変えることができない自分は、自分の頭を変えることだけに全力を注いでいます。

 

 

 

というところで、今回は以上。

 

それでは、また。