未熟者の哲学語り

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

他人と自分を比較しても辛くなるだけだ。「多様性」の考えを取り入れて楽になろう

f:id:hainesu:20170517153016j:plain

 
人は、他人と自分を比べてことで初めて、自分を正確に理解することができます。
 
しかし、それも度が過ぎると逆に自分の首を絞めることになってしまいます。
 
そこで今回は、自分が自分らしく生きるための考え方を探します。
 
 
 

なぜ他人と自分を比べてしまうのか

そもそも、どうして人は他人と自分を比べようとするのでしょうか。
 
それは、やはり相対的な自分の長所と短所を見つけるためでしょうね。社会全体で効率化を進めていこうとすると、長所を生かし短所を隠すのが一番いい選択ですから。そのためにも自分の特徴を把握するのはとても大事です。
 
極端な例で言うと、車イスがないと歩けない人が引越し業者になるっていうのは、とても無謀で即行でクビになりますよね。周りが見えていないと、傍から見ておかしな行動をしていても気づくことができないわけです。
 
自分がどのような立ち位置にいるのか。客観的に見てどのような特徴があるのか。それらを知ることが、より良く生きることにつながります。そういう訳で、他人との比較が必要になるのです。
 

ダメージを受けやすい人

 

f:id:hainesu:20170517160739p:plain

 
比較することにデメリットはあります。しかし、そんなことは気にせず、全くダメージを受けていない人がいるのも事実です。
 
では、自分と他人を比較してダメージを受けやすいのはどんな人なのか?
それは、あらゆる物事に対して優劣をつけたがる人です。
 
そういった人には、「自分は他人よりも優れていないと価値がない」と判断してしまう傾向があります。特定の分野において優っていないと、「自分には価値がない、人として劣っている」と考えてしまうのです。つまり、どこか一つでも劣っていれば、全て劣っていると錯覚しているわけです。
 
そんな人は生きづらいだろうというのは容易に想像がつくと思います。なぜなら、自分よりも優れている人はいくらでもいますから。全く角のない完璧な円を描くことができないように、欠点のない完璧な人間というのも存在しません。上には上がいるのだから、比べ続けてもいつかは負けることになります。
 
そして、そんなことをしていても、本当の意味で自分を受容することはできないでしょう。かりそめの優越感しか得るものはありません。
 

ありのままの自分を受容する

先ほど述べたように、他人と自分の優劣をついつい比べてしまうという人は多いでしょう。
では、そういった人たちがありのままの自分を受容するにはどうすればいいのでしょうか。
 
その質問へのカギは、多様性という言葉にあります。
 
これは、最近何かと話題な某都知事が言っていた、あのダイバーシティ(多様性)と同じですよ

f:id:hainesu:20170517165201j:plain

彼女は、これを「東京を誰もが活躍できる都市にする」ための考え方として提示しました。
 
私は、「全人類の存在価値を証明する」ための考えとして、多様性という言葉を捉えます。
 
多様性という言葉は便利なもので、その適応範囲を全人類としもきちんと成り立つのです。なぜなら、一人として同じ人間はいませんからね。仮に一卵性双生児だとしても、育った環境が全く同じというわけではないでしょう。逆に、「同じ遺伝子なのに環境によって違いを持った」という強い多様性を保持していると見ることもできます。
 
このように考えると、どれだけ似てるように見える二人の人間がいても、その人たちはきちんと違っていて、それぞれに個性があると言われても納得できそうじゃないですか。
 
人と比べるときは、優劣という概念を取り出すのではなく、多様性という概念を取り出してみるのです。
 
そうすれば、
〇〇が苦手なフレンズなんだね
というよう、に劣っている物事に対して深刻に考えなくて済みます。
短所であっても、それはその人の個性でもあるのですから。
 
あと、次のような考え方もあります。
どんな者だろうと人にはそれぞれその個性にあった適材適所がある
王には王の…
料理人には料理人の…
それが生きるという事だ
スタンドも同様「強い」「弱い」の概念はない
引用:ジョジョの奇妙な冒険・第六部 DIO
人には必ず活躍できる場があるということです。
 
このように、短所も受け入れてたくましく生きていくことができれば、いつのまにか「ありのままの自分でもいいんだな」という気持ちを持ち、自己受容することができるはずです。