未熟者の哲学語り

未熟者の哲学語り

暇を持て余した理系大学生が、自己受容するための持論を展開していく。最終的な目標は、自分のことを愛せるようになること。

逃避癖のある人にとって「風呂場」と「ベッド」は地獄の場所

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どうも、ハイネスです。

 

突然ですが、私は過度な逃避癖を持っています。

 

「現実から逃避するためだけに生きている」と言っても過言ではありません。

 

朝目覚めてから、夜眠りにつくまで、どうすれば現実から目をそらして過ごせるかばかり考えています。今やらなくてもいいことなんて、期限ギリギリまで見さえしません。

 

逃避逃避逃避逃避逃避逃避逃避、ゲシュタルト崩壊してくるぐらいに逃避する徹底ぶりです。

 

なぜ、こんな弱い人間になってしまったのか。原因は、自己肯定感が低いことが関係しているのか。

 

そんなことは分かりません。言えることは、ただ逃避狂の男がここにいるという現実だけです。

 

 

人間にとって(現実)逃避は必要なのか

先ほどから自分は逃避する傾向が強いということを散々言ってきましたが、実際人間なら誰しも日常において現実逃避をしているはずです。

 

学生でさえ勉強や人付き合いで忙しいと言われるこのご時世。毎日毎日課題が積み上げられていき、一つ処理して喜んでいてもすぐに次の課題(現実)が否応なしに目の前に迫ってきます。そうした辛い現実に常に正面から挑み続けていれば、その分すぐに疲れてダメになってしまう可能性も高くなります。

 

そういった現実(つらいこと)から目を逸らすというのは人間の獲得した一種の防衛本能であり、情報過多の現代を生きる我々にとっては必要不可欠な能力なのかもしれません。(まあ、私のように逃避が癖になってしまい、日常全てから逃避するようになってしまったら終わりですが。)

 

充実した毎日を少しでも長く生きるためには、現実と向き合う覚悟と現実から目を逸らす逃避のバランスをうまくとることが必要だということです。

 

逃避狂の男の一日を辿る

ここで、逃避癖を持つ人はどんな一日を送っているのかという例として、私(大学生)の一日を辿って紹介したいと思います。

 

起床 

まず、逃避狂の朝は遅いです。起きなければいけないギリギリの時間まで目覚めようとしませんから。一度起きてしまったらもう一度寝直し、デッドラインを迎えるまで何度寝だろうとかまわず繰り返します。(そのくせ目覚まし時計のセットは入念にしていて、アラームが鳴ったらすぐに狂ったように布団から這い出ます。)

 

通学(大学へ) 

大学へは原付(ちっこいバイク)を利用して通います。バイクだと運転中は肌で風を感じることができ、とても清々しい気持ちで過ごすことができます。運転中は周りへ注意を配らなければいけないこともあり、余計な現実を考えなくて済みます。

 

講義 

大学の講義というのはとても能動的です。高校みたいに担任の先生が出欠をとってくれるなんてことはありませんし、行かなくて単位が来なくても全て自己責任になります。逃避狂にとって、これはキツイです。学校なんて行きたくないけど周りの人に迷惑をかけるから渋々行っていたのに、大学じゃあ私のことなんて誰も気にしませんから。休みたければ勝手に休むことができます。

 

そうした誘惑(逃避するチャンス)がある中、数少ない友達とともに励まし合いなんとか講義を受け続けていきます。

 

帰宅(家へ) 

家に帰った瞬間の喜びは計り知れません。今日もまた一日を乗り切ったということを噛み締めつつ、「ヨッシィィ!」と勝利の雄たけびを上げます。

 

そして、そこからはもう逃避の宴が始まります。テレビを見るもよし、ネットサーフィンするもよし、ニコニコ・ユーチューブを見るもよし、漫画を読むもよし。あらゆる娯楽を享受し、日中受けた現実によるダメージを吹き飛ばしていきます。

 

こうした逃避で快楽物質を摂取し続けると、もう現実に戻るなんていう愚かしい行為は選択できなくなります。そして、立派な逃避狂が今日ここにまた誕生するのです。

 

入浴 

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一日過ごせば、お風呂に入る時間というのは必ずやってきます。(まあ、お風呂に入ると言っても私はシャワーで済ませる派なんですけど。)

 

そして、このバスタイムは逃避狂にとって最大の鬼門となります。なぜなら、風呂に入ってるときはスマホなどを使った現実逃避が全くできないからです。

 

考えてみてください。常に現実から逃避していた人間がいきなり手持ち無沙汰になって、何もしてはいけないと言われるのです。そんな仕打ちを受ければ、流れ来る現実にむせ返ってしまい、誰だって苦しいでしょう。

 

私の場合は、頭の中で怠惰な時間を過ごしてしまった後悔と自責の念が溢れかえり、まるで何かしらの軽犯罪を犯して逃げてきてしまったみたいな心情になります。そして、同じことを繰り返さないために、風呂から上がった後の簡単な行動計画を頭のなかで立て始めるのです。

 

「まず、スマホは寝るまで禁止しよう。あと、テレビも見ちゃいかんな。そんで、風呂あがったらすぐに勉強を始めて、一時間くらいたったら歯磨きして寝よう。」

 

こうした考えがまとまってから、満を持して風呂から上がります。そのままの勢いでドライヤーを足早に終わらせ、髪も乾ききらないまま洗面所を出てリビングに向かいます。そしてリビングに着くと、

 

「よしッ。アイス一つだけ食べて小腹を満たしてから勉強やるか。」

 

 …と、いきなり勉強(現実)から逃げる兆しが表れはじめます。でも、逃避が身に染みた男はそんなことには気が付きません。親が見ているテレビ番組をわき目で見つつアイスをむさぼり続けます。そしてアイスを食べ終わると、

 

「うまかったなー。おーし、じゃそろそろ勉強始めるかぁ………っと待てよ。このテレビ番組面白しれえじゃねえか。やっぱ、これだけ見てからにしよっと。」

 

…というように、逃避の連鎖が始まります。これが始まってしまったら、もう終わりです。シャワーを浴びながら現実に向き合っていた自分なんてすっかり忘れて、一時間もしないうちに逃避狂に元通りです。こんなの、どっかの薄い本で「私はあんたなんかに屈しないないんだから!」とか気張ってた女が次のページにはもうア〇顔晒してるくらいに滑稽です。

 

就寝 

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バスタイムに続き、この就寝も逃避狂にとっては山場になります。理由は、風呂に入ってるときと同じで、何も(逃避)することができず色々と余計なこと(現実)を考えてしまうことにあります。

 

しかも、寝ようと思ったら、誰でも部屋の電気を消して目をつぶりますよね。その視覚情報の遮断が私の思考をさらに加速させ、日中の行いの反省を強制させてくるのです。電気を消して、布団の中に入り、目をつぶる、そしてそこから寝付くまでに一時間以上かかる、なんてのはざらです。人は寝てる間に記憶を整理するとはよく聞きますが、私の場合その記憶の整理を寝付くまでに終わらせてしまいます。

 

大学受験の時なんかは特に酷くて、「一時間ほど寝付けずにベッドの中で悶々とした後、突然起きて一時間勉強し、その後また寝る」という訳の分からない寝付きの悪さを発揮したこともありました。一日が終わる前に何か残さなければいけないという意識が、現実を見つめなおす(寝る)ことで強くなってしまうというわけです。

 

「風呂場」「ベッド」の存在理由とは

なぜ「風呂場」と「ベッド」はこんなにも逃避する者たちを現実に引き戻そうとするのか。私なりに彼らを擬人化することで、存在の意味づけをしてみたいと思います。(できるだけポップでポジティブに)

 

風呂場 

体を清めることにより、身体的リセットを施してくれる女神

どんな汚物でもキレイにしてしまうテクニックを持つが、電子機器の持ち込みには敏感ですぐに拒絶する。また、紙媒体の物も受け入れず、およそ娯楽と呼べるようなものの持ち込みが禁じられている。そこに存在していいのはただ彼女だけであり、それ以外を見る(逃避する)ことは許されない。

 

ベッド 

意識を断絶・復活させることで、精神的リセットを施す心理カウンセラー

目隠しさせるのが好きで、こちらはそのままの状態で一日の出来事についての反省をさせられる。用済みになると、突然こちらの意志に関係なくスタンガンで気絶させてくる。でも、その悪態も逃避者を想っての行為である。

 

 

 ・・・という感じでいかがでしょう。