未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

HSP(過敏感)の筆者が、人・作品・自己啓発についての考察記事を書いていきます。

なぜ僕はネット活動を行うのか?

 

どうも、ハイネス(@hai_nesu)です。

 

最近というか、ここ一週間くらい、夢を見ていました。

 

これからの自分の未来が明るく照らされるような、幸せな夢です。

 

あまりにも非現実的すぎて、今考えると夢だったとしか思えないような現実の話です。

 

ただ、それは余りにもあっけなく、突然に終わりました。

 

この一週間は、本当に、僕に多くの知見をもたらしてくれました。

 

 

 

リアルでの幸せは何をもたらすのか

当ブログでは、個人が「幸せ」になることを第一目標として掲げています。

 

そして、僕は実際に一度幸せになりました。

 

すると、どうなるのか?

 

僕は、自分のブログの内容を気持ち悪いと思うようになりました。

 

「この内容を身近な人が見たら、不快に思うんじゃないだろうか。」

「今の幸せを守るために、少しでもリスクのあることは辞めたいな。」

 

本気で全てのネット活動を辞めようかと思いました。

 

というのも、今までどれだけ時間を掛けてきたとか、そんなのが問題にならないくらい、明日には眩しい未来が待っていましたから。

 

今まで心血を注いできた努力の結晶が、一瞬でくすみ始めたのが分かりました。

 

「結局は現実が一番美しいんだな」なんて柄にもなく思ったりもしていました。

 

つかの間の幸せを失って気づいたこと

こんなにも簡単なことだったんだと、初めて気づきました。

 

僕が幸せを失ったその瞬間、くすみかけていたこのネット活動が鮮やかに色づき始めたのです。

 

気持ち悪いなんてとんでもない。

今まで積み上げてきたものは全てが美しく、存在しているだけで価値があると、一瞬で気持ちが元通りになりました。

 

清々しいほどの即落ち2コマです。

 

つまるところ、僕はリアルが満たされていないから、ネット活動なんてものをやっている訳です。

 

自分で思っている以上に、日常に面白みなんてものはなかったようです。

ただ漫然と生きて、心が動かされるような衝動的な出来事も特にありません。

 

圧倒的な"興奮"がないんです。

 

他の人間がどうでもよくなるような、自分が一番であることを実感できるような、そんな半ば異質な感情に支配されたくて仕方がないんです。

 

そして、この仮想世界がその幸せを実現させてくれます。

 

現実で幸せは追い求めるのは難しい

現実はなかなかに残酷です。

 

なぜなら、そこには「成功」するか「失敗」するかという二択しかないからです。

どれだけ最善の努力をしていようと、結果として実るとは限りません。

 

いくら成果を追い求めても、絶対に手に入らないという壁があるなんてこともザラです。

 

ただ、僕のネット活動は絶対に自分を裏切るようなことはしません。

 

なぜなら、自分が送っている現状維持のつまらない現実でさえ「素晴らしいもの」だと捉えようとしているからです。

 

これに関しては、解釈の領域の話です。

外界との接触を極力減らし、自己の世界で完結している間、僕はおそらく永遠に幸せでいることができると思います。

 

現実では、幸せを直感的に感じられますが、それだけ幸せを獲得するのは難しいです。

反対に、思考空間では、幸せの形が少し歪になってしまいますが、 幸せを獲得するのは驚くほどに容易です。

 

どんなにつまらなくたって、くだらなくなっていい。

ただ「幸せに感じる」ことを選び取るだけでいいんです。

 

日常に刺激のない人間にとって、これほど魅力的なコンテンツはないでしょう。

 

だから、僕はこの自分の考えを具現化するために、こんなにも時間を費やして文字を紡いできたんです。

 

現実ではあんなに努力しても手に入らなかったもの(幸せ)が、自分の頭の中だけであれば一瞬で手に入れることができる。

 

できることなら、僕は自分の全てを自己完結させたい。

 

そうすれば、この世に不幸は訪れないのだから。

 

 

 

 

というところで、今回は以上。

 

それでは、また。