未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

僕が証明したい事はたった一つ。「内気な人間でも幸せになれる」ことだけだ。

「課題の分離」最強説【アドラー心理学を実践してみた件】

 

みんな大好きアドラー心理学。

 

私事ですが、アドラー心理学のまとめ本として有名な『嫌われる勇気』をつい先日読了しました。

 

読み終わった直後は、その内容の暴論具合にイライラしたので記事にもしています↓
 

 

ここで、「なるほど、良いこと書いてあるなあ」とだけ言って実際の行動を起こさなかったら、何も現実は良くなりません

 

なら、次にやることは何か?

 

実践でしょ!!

 

じゃあ、いつやるか?

 

今でしょ!!!

 

てなわけで今回は、僕が実際の生活で「アドラー心理学」を試してみた結果を書きながら、いかに機能し役立つかを解説していきます。

 

僕が実生活に取り入れたのは「課題の分離」という考え方です。

 

この「課題の分離」がいかに最強であり、人生を豊かで幸せなものにしてくれるのかを綴っていきたいと思います。

 

 

 

「課題の分離」とは何か

まずは「課題の分離」というアドラー心理学における考え方の一つについて、説明します。

 

『嫌われる勇気』から引用すると、以下のようになります。

 

われわれは「これは誰の課題なのか?」という視点から、自分の課題と他者の課題とを分離していく必要があるのです。

他者の課題には踏み込まない。

「その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰か?」を考えてください。

ある国に「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない」ということわざがあります。

自分を変えることができるのは、自分しかいません。

引用:『嫌われる勇気』p139~p143

 

一言でまとめると、

自分は自分、他人は他人です。

 

他人の人生を無理やり決めつける権利は誰にもないし、自分の人生は自分の意志で決めていくべきだという考え方です。

これは、「人は変われる」という輝かしい文言を垂れているアドラー心理学の根幹を担っています。

 

「君の人生は君だけのモノさッ!!!」

「だから、なりたい自分になろうよ!!!」

っていう、セリフに起こしてみるとめちゃくそ爽やかに聞こえる思考法です。

 

今回はこのクッソ爽やかな思考法を僕なりにアレンジして日常で使ってみました。

 

僕は自意識過剰です

実践の話を書く前に、「課題の分離」を取り入れる前の僕の状態について説明しておきます。

 

昔よりは比較的ましにはなったものの、僕は周りの人からどう思われてるか過剰に気にしてしまう性格です。

 

一言で言うなら、自意識過剰。

ある事ない事など他人の考えてることに想像を膨らませて、「自分にどこか変なところはないか」とかどうでもいい事を考えてしまいがちです。

 

「どうすれば他人からよく見られるか?」

「派手な服装をしてると、調子に乗ってると思われないだろうか?」

などなど、気にしてるのお前だけだろってレベルのくだらない事を考えてしまうんです。

 

これじゃあ、生きるのに疲れてしまうのも当然です。

 

身体の疲労が溜まったらエナジードリンク。

じゃあ、精神の疲労が溜まったらどうするかって?

 

\\\自己啓発論でしょッ///

 

いざ「課題の分離」実践!!

というわけで、僕が日常で「課題の分離」を使ってみた実践話を綴っていきます。

 

使用する場面は、主に大学生活です。

通学、授業、サークル、バイトなどなど、どんな場面でも人との関わりさえあれば、この「課題の分離」を使うことはできます。

 

では、僕による僕だけの僕らしいアドラー心理学を感じていただけたらと思います。

 

論破力+50000点

「課題の分離」によって生まれる最大の恩恵が一つある。

 

それは、「自分の考えてることを他人は絶対に否定できないんだ」という圧倒的な自信を得られる点です。

 

「他人からどう思われても、自分が気にしなければいい」というのは当たり前のことですが、実際に実現するのはとても難しいです。

「自分の意志を強く持って、他人の意見に簡単に左右されないようにしたい」とは誰もが思っていても、実現できる人は僅かしかいません。

 

なら、どうすればいいか?

 

他人を煽るような思考をして、優越感に浸ればいいんですよ。

 

頭のなかで考えてることを文字に起こすと、以下のような感じ。

「それは君の感想だよね?

君がどう思っていようと、僕には関係ないんだよ。

大事なのは"僕"がどう感じるかだ。

僕が良く感じるか悪く感じるかは、あくまで"僕の課題"なんだから。

君が僕にどんな印象を持っていようと、どうでもいいんだ。

だって、それは"君の課題"でしかないからね。

僕にはどうすることもできないさ。ハハッ。」

 

これこそが圧倒的な論破力。

 

他人の主観的な意見を全て余すことなく否定することができるのです。

 

自分が自分である以上、他人の考えなんてどうでもいいんだよなあ…。

 

 

 

我慢できないので例の画像も張ります。

 

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それはあなたの感想ですよね byひろゆき

 

この世界は僕の想像によって創造される

これは僕の経験ですが、何かしらの持論を自分の頭に染み込ませたいのなら、できるだけ愉悦を込めて感情的に考えた方がいいです。

 

今回の例で言うと、極端なくらいに厨二病っぽく考えてみましょう。

 

「この世界は僕の想像によって創造される」キリッ

 

と言っても、これはあながち間違いでもないです。

 

アドラー心理学の語る「人は変われる」という信念を貫き通した結果、主観においてこの世界を自分の好きなように好きなだけ感じることができるようになります。

 

どっかのYoutuberが好きな事だけして生きていくみたいなことを宣ってましたが、僕はたとえ過酷な日常であっても最高に幸せに送ることができます

 

なぜなら、客観から切り離された主観というフィールドにおいて、僕の精神を犯すことは誰にもできないから。

僕が「今幸せである」という事実を作りたいのならば、そう強く意識するだけで、簡単に幸せになることができます。

 

自分の考えることは自分で決められるのに、わざわざ"辛い"とか"怖い"とかネガティブに感じる必要ってありますかね?

 

僕たちはただネガティブに考えることを拒否して、自分の脳が幸せになるような持論を作ればいいだけなんですよ。

 

 

 

というところで、記事を締めます。

 

最終的に、僕は思考の極致としての神になるんだ。(主観的考察)

 

それでは、また。