未熟者の哲学語り

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僕が証明したい事はたった一つ。「内気な人間でも幸せになれる」ことだけだ。

少女はなぜ体を売るのか?なぜセックスをするのか?【考察】『センチメントの行方』

今回取り上げる作品は、榎本ナリコ先生の描くセンチメントの行方』というタイトルの漫画です。

 

本作品のテーマは、「少女」と「」と「少女性」。

 

少女にとって性とは何なのかを描く、一種の哲学的な作品になっています。

 

作者自身が女性ということもあり、そこら辺の美少女微エロ漫画とは一線を画します。

 

 

で、本作品の考察をしていくわけですが、読んでる前提での考察になってしまうので、まだ読んでいない方は是非一度読んでからこちらの記事を見てください。

 

 

 

出てくるJKがみんな達観してる

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本作品のテーマは「少女性」なので、もちろん各話の主人公はすべて女子高生です。

そして、その女子高生のほとんどが、自分を客観的に見て的確な自己分析を行えています

 

一体いくつの修羅場を超えてきたんだと思わせるような、擦れたJKが百戦錬磨の持論を携えて周りの人たちをバッサバッサと切っていくのです。

20歳にしてやっとこさ自分というものが分かってきた私としては、達観しているJK達にかなりの違和感を覚えました。

 

どこぞの心理学者が言いそうなことを体を売ってるJKが平然と言ってのけるのには、思わず「それ、お前が言うんかーい」ってツッコみたくなります。

 

でもまあ、そんな達観した女子高生嫌いじゃありませんよ。

むしろ、好きです。大好きです。

 

訳も分からず体を売っているというよりも、しっかりと自分の気持ちを理解したうえで体を売っている方が説得力があります。

ある意味必然としての「少女性」が様々なパターンで観られることに、本作品の良さがあるのだと思います

 

全4話の考察

漫画『センチメントの行方』は全4話の短編集になっています。

 

せっかくなので4話それぞれを一つずつ考察して、少女の性の捉え方を知っていきましょう。

同年代の女子の考えを知りたい男子学生や、娘と距離を縮めたいお父さん方、この一冊を熟読するだけで「少女性」に対する知識が相当深くなりますよ。

 

第1話 神待ち天使

登場人物は、日常的に売春をしている10代の現役JKと売春少女を助ける活動を行う30代の女性の二人。女性は、自身も過去に売春をしてしまった経験があり、少女を救うことに必死になる。しかし、少女は頑なに売春を止めようとはせず、女性は次第に少女の考えを認めるようになる…

簡単に言うと、「現役JK vs 売春経験ありの30代女性」です。

 

30代女性の方は、歳を重ねることで過去の自分が何も分かっていなかったことに気づき、売春していたことを後悔しています。

その自分の失敗体験と今現在悩んでいる少女たちを重ねて見ているので、本話に出てくるJKにも売春を止めるように諭します。

 

対して、JKの方はというと、10代にあるまじきレベルで達観しちゃってます。

現実から全く目を逸らさずしっかりと直視した上で体を売っているので、30代女性の方も若干たじろいでしまっているくらいです。

 

「カワイイ」「女子高生」

「無垢」「無知」

「少女性」「制服」

「あたしがリアルで制服を着ているあいだの時間」

「一回性の」

「二度と来ない青春の」「感傷(センチメント)」

っていう、BLE〇CHもびっくりのオサレ口上をわずか十数年しか生きていない小娘がどや顔で言うとか、まじで日本始まってんだろ。

 

この口上から分かるように、女子高生にもなると自分のJKとしての価値が分かってくるのだと思います。

女としての一番の価値は若さであり、その価値のピークは制服を纏っていられる今だけなんだと。

 

その自己に付加された価値を最大限に実感して活用するための選択肢の一つが売春だった訳です。

 

ここまで「少女性」を理解した上で行動されてしまうと、もはや他人がこの娘の行動を止めるのは容易ではないでしょう。

少女の性の扱いの一つの面として、性を利用した付加価値の向上は確かに存在しているのです。

 

第2話 フランケンシュタインの娘

登場人物は、父親と肉体関係を持つ女子高生の恵利とエロ漫画家のシェリー(瀬里)の二人。ふとしたきっかけから恵利はシェリーの家へ度々訪れるようになる。その後二人は惹かれ合い、シェリーが恵利の父親との関係を終わらせようとするが…

恵利がシェリーと出会うことで父親との関係を止めることができるのだと思いきや、結局は父親のもとに戻ってしまうという上げてから下げる系のストーリーです。

 

この話から分かるのは、何も知らない10代の少女ならどんなに歪な思想でも芽生えかねず、またそれが一度定着してしまうと間違っていたとしても変えるのは難しいということです。 

 

恵利は学校の友達と比べて自分がおかしいと思っているだけであり、本質的に父親を嫌っている訳ではありません。

むしろ、全てにおいて優しく接してくれる父親を許さない世間に対して怒りをぶつけています。

 

常人ならば異質だと思うような性観念であっても、それが人格形成と共に作り上げられた根幹的なものであれば、意図的に変えようとするのはもはや不可能に近いのかもしれません。

 

例えば、少女時代に周りの友達がみんな援交をしていてそれが当然のように扱われていれば、何の疑問も持たずに体を売るような娘が生まれてもおかしくないということです。

 

改めて、少年少女への(性)教育の大事さを実感するような内容でしたね。

 

第3話 さきだつ不孝

登場人物は、クラスで全くの空気である男子高生の生方千年(うぶかたちとせ)と他者と必要以上に関わろうとしない孤高の美女の八月朔沙希(ほづみさき)の二人。八月朔は、他者に触れられる感覚を知りたくて生方に肉体関係(なめるだけ)になることを迫る。憧れの八月朔に近づけた生方だったが、非情にも彼女の心に自分の存在が無いことに気づいていく…

冴えない男子高校生が学年一の美女と肉体関係になる話。

 

4話の中で個人的に一番好きな話です。

 

  1. 作中のテーマ「他者との隔たり」が実らない桜の花に掛かっている
  2. ヒロイン八月朔沙希の可愛さ(美しさ)
  3. ヒロイン八月朔沙希の一方的な恋愛観

 以上の三つが特筆すべき点です。

 

まず一つ目、このお話では花は咲くけど実を付けることは決してない桜の花の"がく"が頻繁に登場します。

それも実物から比喩表現まで様々な形でです。

 

まず実在として校庭に無数に落ち、次に八月朔の乳首とクリ〇リスに例えられ、最後には八月朔の孤高の純潔さへと姿を変えます。

全体を通して登場しても飽きさせない桜の花のがくの美しさと形容しがたさが光っています。

 

続いて二つ目、ヒロインである八月朔沙希の美しさについてです。

黒髪ロングに端整で凛とした顔、長身スリムな体形でありながら女性らしさの象徴である胸部はしっかりと強調されています

 

女性にとっての"美しさ"とは、その個人の持つ要素全てを引き立てる最大の武器となることがよく分かります。

八月朔がたとえ変わった行動をしたとしても、その美しさによって全てを肯定し他者を無理やり納得させてしまうでしょう。

 

この話は、ある意味で八月朔が美少女であるからこそ成り立っているのかもしれません。

 

最後に三つ目、八月朔沙希の一方的な恋愛観について。

実は、これが一番厄介なところです。

 

八月朔が生方と肉体関係を持つ理由は、他者に触れられる感覚が知りたいというものです。

対して、生方が八月朔と肉体関係を持つ理由は、他者と繋がり自分が「存在」していると実感することです。

 

一見両者の要求は噛み合っているように見えますが、実際は矛盾しています。

生方は八月朔が他者からより近い存在になることを求めますが、八月朔はあくまで他者としての生方しか求めていません。

 

この話で、恋愛においてお互いの欲求が噛み合うことは重要かつ不可欠なのだと分かります。

 

それにしても、八月朔のあの肉体に依るものでなく「他者からの接触」という精神的な要素に興奮する様は実にいいですね。

シチュエーション萌えしている八月朔に萌えます

 

第4話 永いお別れ

登場人物は、OLの永野と同じ部署の課長の二人。残業中に二人っきりになると、永野と課長は決まってセックスをする。しかし永野はそんな関係を煩わしく思うようになり、カウンセリングに通い始める。主治医に気持ちを吐き出していくことで、永野は自分の隠れた願望に気づいていく…

恋愛疲れを起こしたOLが自分の中に隠れた願望に気づいていく話。

 

内容はかなりシンプルですが、自分を見つめ直すことで新たな発見が生まれるという自己分析のすばらしさが詰まった話になっていると思います。

 

彼女にとっての恋愛は相手と心で繋がることが最重要だったからこそ、半ば強制された肉体関係に嫌気が差していたわけです。

 

恋愛や友情などの人間関係で疲れを感じたら、まずは自分の内面に向き合い根本的な原因を探すことが重要なのかもしれません。

 

 

 

はい、以上ッ。