未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

HSP(過敏感)の筆者が、人・作品・自己啓発についての考察記事を書いていきます。

「甘いレモン」と「酸っぱいブドウ」の正しい使い方を宇宙一分かりやすく解説する【認知的不協和】

 

どうも、ハイネス(@hai_nesu)です。

 

皆さんは、「認知的不協和」「甘いレモン」「酸っぱいブドウ」などの言葉を聞いたことはありますか?

 

これらは、人の心の中に生じる"矛盾"に関する心理学用語です。

 

人であれば誰もが当てはまり、また、乗り越えなくてはならない壁でもあります。

 

そして、かくいう私はつい先日までこれらの用語を全く知らず、調べるためにネットで検索してみました。

 

ただ、出てくる記事は用語を軽く説明をしているだけで、その後の対処法にまで言及してる方はほとんどいませんでした。

 

これから私と同じように調べる人たちにそれでは可哀そうなので、今回は「認知的不協和」への対処法を徹底的に深堀して解説していきたいと思います。

 

長くなりますが、ぜひ自分でも考えながら読んでいってみてください。

 

 

 

認知的不協和とは何か

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まず初めに、認知的不協和という言葉の意味について軽く説明します。

 

認知的不協和 (にんちてき - ふきょうわ)

人が持つ複数の情報の間に不一致が存在する状態。そのような状態では、不一致を低減ないし解消させようとする行動が起きる。

引用:広辞苑

 

人の心の中で何かしらの「矛盾」が生じてしまっている状態を表す用語です。

 

有名な話として、タバコを吸う人の心境がよく例に挙げられます。

 

タバコを吸っている人の脳内には、以下の2つの事実が存在してます。

 

  1. タバコを吸う。
  2. タバコは体に悪い。

 

タバコが体に悪いものであることを知っていれば、進んでタバコを吸おうとする人はいないはずです。

したがって、上記の2つの事実には矛盾が孕んでいます。

 

こうした矛盾を心の内に抱えていると、人の心は次第に疲弊していってしまいます。

 

そこで、矛盾を取り除き不安を解消するために、人は無意識のうちに2つの事実の内のどちらかを捻じ曲げようとします

 

先ほどの例でいえば、①の「タバコを吸う」はニコチンの依存性により変えることが難しいので、②の「タバコは体に悪い」という事実を人の脳は変えようとします。

 

例えば、

  • タバコを吸う快楽は人生を華やかにする
  • 今さら止めても意味がない
  • 運動は毎日しているので問題ない

などと考えて、①の「タバコを吸う」という事実との矛盾を解消します。

 

こうした一連の心理状態のことを"認知的不協和"と言います。 

 

甘いレモン酸っぱいブドウ

前項では、認知的不協和について説明しました。

 

先ほど、人は2つの背反する事実を頭に抱えた時、その矛盾を解消するように無意識的に脳が働くと書きましたね。

 

そして、その矛盾を解消する方法は、「甘いレモン」「酸っぱいブドウ」という名前で呼ばれています。

 

それぞれについて、また軽く説明していきます。

 

「甘いレモン」の由来

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この言葉は、一匹のキツネが果物を手にする物語に由来します。 

 

数ある甘い果物の中から、比較的酸っぱいとされているレモンしか手に入れることのできなかったキツネは、一つの矛盾を抱くことになります。

 

  1. 自分はレモンしか食べれない。
  2. レモンは酸っぱい。 

 

他の動物たちが甘い果物を食べているのを見ていたキツネには、この矛盾に耐えることはできません。

手元にあるレモンを見るたびに、悔しさと鼻を突く苦い臭いで、耐えきれないほどに胸が苦しくなります。

 

そして、いつしか、キツネはこう考えるようになります。

「僕が食べているレモンは甘いんだ!!!」

 

自分が今手にしている資産が素晴らしいものであるはずだと、キツネは強い自己暗示をかけました。

こうした虚構の事実にすがることにより、キツネの抱えていた矛盾は解消され、毎日を楽しく生きれるようになりました。

 

これが救いでないはずがありません。

 

「酸っぱいブドウ」の由来

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こちらも、先ほどのキツネと同じ例で説明できます。

 

甘くて美味しいブドウを手に入れることができないキツネは、以下の2つの事実による矛盾を抱えることになります。

 

  1. 自分はブドウが食べられない。
  2. ブドウは甘い。

 

嫉妬深いキツネは、他の動物が美味しそうにブドウを食べている姿を見て、心底悔しい気持ちになりました。

ブドウを手に入れられない自分が許せなくて、毎晩眠りにつく前に自責を繰り返していました。

 

そして、キツネはこう考えるようになります。

「他の奴らが食べてるブドウは酸っぱいに違いない!!!」 

 

自分の手に入れられないものを否定することにより、キツネは不甲斐ない自分を正当化させました。

こうした虚構の事実にすがることにより、キツネの抱えていた矛盾は解消され、毎日を楽しく生きれるようになりました。

 

これを救いと言わずに、何と言えるでしょう。

 

人はまず初めに自分を責めてしまう

前項の説明では、虚構の事実をでっち上げる「甘いレモン」と「酸っぱいブドウ」が悪しき行為のように映ったかもしれません。

 

しかし、実際は、矛盾を解消するためには、これらの妄想は何も悪いことではありません。

自分の無力さを責めて苦しむよりかは、何倍もマシです。

 

なぜなら、人は自分の心の中に矛盾を感じた時、まず初めに自分を責めようとしてしまうからです。

何か失敗をしたり、短所を抱えている時に、「自分がダメだからいけないんだ」と多くの人は自責的な考え方をしてしまいます。

 

気持ちの切り替えが早くて、ツライこともすぐに忘れてしまう人であれば、この考え方でも大丈夫です。

失意を逆に原動力に変えて、努力を積み重ねることができますからね。

 

ただ、多くの人はそこまですぐに気持ちを切り替えることはできません。

嫌なことがあれば何日も引きずってしまい、日常生活に支障をきたす人も少なくないはずです。

 

そうであれば、自責的な考え方から抜け出すことのできる「甘いレモン」や「酸っぱいブドウ」といった方法を使わない手はありません。

例えそれが多少歪んだ認知であったとしても、今現状の自分を正当化することにより、日常での幸福度が上がり、より高いパフォーマンスを出すことができるようになります

 

こうした理由から、私は「甘いレモン」と「酸っぱいブドウ」を使うことには大賛成の立場です。

他のサイトでは「こうした考えは止めましょう」という趣旨のことが書いていたりもしましたが、それでは今苦しんでる人にしてみればあんまりだと思います。

 

自分のことを悩みがちな性格だと思うのであれば、自分を正当化してみるという方法を、ぜひ一度試してみて下さい。

上手くいけば、心がスッと楽になるはずです。

 

変えられない短所にはどんどん使おう!

努力でギリギリ何とか変えられる短所であれば、先ほどの「甘いレモン」的な考え方をするか否かはケースバイケースになります。

精神を病まない範囲であれば、自責の心をバネに変えることも可能です。

 

しかし、すぐに変えるのが難しい身体的や精神的なコンプレックスがあるのであれば、自分を正当化する考えは積極的に使うべきです

 

特に遺伝的に決まってしまっているモノは、努力では変えることが難しい場合がほとんどです。

無いモノねだりはせず、今与えられてる資産をできるだけ肯定し、最大限に活かしていきましょう。

 

大きい短所であれば、それは大きい長所になる可能性も秘めています。

私自身、「悩み過ぎる」という特徴に長年悩んでいましたが、「深く考えるのが得意」と見方を変えることで、逆に長所として捉えるようになりました。

 

自分の無力さに絶望してしまった時は、一度立ち止まって、自分を認めてあげられうような考え方を探すのが良いと思います。

 

 

 

というところで、今回は以上です。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 

それでは、また。