未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

僕が証明したい事はたった一つ。「内気な人間でも幸せになれる」ことだけだ。

「何気ない日常」に価値を感じることができない人間

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私は「何気ない日常」を楽しめないタイプの人間です。

 

四季折々の自然の美しさや純文学で紡がれる趣深さなんかを、全くと言っていいほど理解できません。

 

「自然を見て何か得することがあるのか?」

「難しい言葉使いを見ても退屈するだけだ」

としか思えないです。

 

この「何気ない日常」を楽しめない人間の実態と辛さ、そして原因を今回は紹介していきたいと思います。

 

 

 

何気ない日常を楽しめない

私が自身を何気ない日常を楽しめない人間なんだと自覚したのは、他の人が当たり前にやっていることを自分だけが理解できない場面が多々あったからです。

 

以下に私の持っている特徴を書き出していくので、共感できるものがあるかないかで"何気ない日常楽しめてる度"を算出してみて下さい。

 

趣味と呼べるものがない

普通の人であれば、スポーツ観戦、アニメ鑑賞、FPS系ゲーム、ドライブ、スポーツ、料理などなど何かしらの趣味があるはずです。

反面、私は自分が自信を持って趣味だと言えるようなゲームやアクティビティが全くありません。

 

そもそも、自分が熱を持って打ち込めるモノとしての"趣味"という概念が理解できないです。

 

たしかに私にも100時間以上プレイしたことのあるゲームや全巻持っている漫画があります。

普通の人であれば、趣味と呼んで言いレベルにまで達しているかもしれません。

 

でも私は「趣味は何ですか?」と聞かれても、ゲームや読書を答えることは絶対にありません。

私が定めている"趣味"の域まで達している活動が何もないからです。

 

何を趣味と捉えるかは主観の問題なので、やはり私が何気ない日常を楽しめないのが原因の一つになっているのでしょう。

 

音楽に全く興味がない

私自身今まであまりこういった人に会ったことがないですが、私は音楽に全く興味がないです。

 

一曲まるまる聴いたら4分もあるんですよ?一回聴けば、それでもう満足です。

何度も同じ曲を聞く人の気がしれません。

 

サビなら盛り上がるのでまだいいですが、途中の助走のパートを聞いてると体がムズムズしてきます。

何で一回聴いたことのある曲をもう一回聴いてるんだろう、つまんねえなーって思ってしまいます。

 

私はフルで歌えるのは7曲くらいしかありませんし、それも人付き合いでカラオケに行った時のために覚えただけです。

音楽に関わるときは基本的に損得勘定で動いています。

 

『前前前世』を映画のいいところで聴いたときはさすがに気分が上がりましたが、2回目以降はたぶん半年くらい開けないとキツイです。

 

物語を純粋に楽しめない

私は物語(小説、漫画、アニメ、ドラマ、映画)も純粋に楽しむことができないです。

 

「『千と千尋の神隠し』のどこが面白いのか?ストーリーに教訓や哲学がないじゃないか。」と言っている人がいましたが、私はこの意見にめちゃくちゃ同意です。

私は映像の美しさや独特な世界観に価値を見出せないので、教訓や哲学が含まれていないと楽しいと感じられません

 

物語自体の尊さや入り組んだ作品背景にはさほど興味が湧かないので、メッセージ性の含まれていない臭い芝居は無くてもいいと思ってます。

 

ただ、この考え方には大きな弊害がありました。

最近気づいたのですが、私は主人公に自己投影することで物語を楽しんでいます

 

自己投影、つまるところ架空の作品に現実逃避してるわけです。

 

作品そのものを楽しむというよりは、登場人物になりきります。

そして、その登場人物の歩む素晴らしい人生や波瀾万丈な生き様を、あたかも自分が経験したかのように錯覚してるのです。

 

虚構の世界で自分の人生の成功を疑似体験しようとしてる」と言えば、何となくまずそうだと感じてもらえますかね。

 

なぜ何気ない日常を楽しめないのか?

何気ない日常を楽しめない症状には、いくつかの原因が考えられます。

 

そこまで難しくありません。

 

自分に課すハードルが高い

この問題は大きいです。

 

自分に課すハードルが異様に高いのは、自信のない人に多く見られます。

少しの失敗で大きく落ち込み、めったな成功では喜ばないという特徴です。

 

ハードルが高いからこそ、自分の興味のあることに対してもどこか自信がない。

普通の生活にも価値を見出すことができないのです。

 

焦燥感が強い

これも自分に対して自信がない人が陥りやすいです。

 

「今の自分ではダメだ」

「何か成し遂げなければ落ちぶれていく」

という考えをしてるがばかりに、何か実のある事しかできなくなってるんですよね。

 

たぶん、人生を打算だけで過ごしても幸せにはなれないです。

人が生きること自体に意味はないのですから。

 

一つだけ得したこと

ここまで散々と「何気ない日常」に価値を感じられない人間をディスってきましたが、私にも良いことはありました。

 

それは、普通の人は違った趣味を持てたことです。

私が唯一絶対の自信を持って言える趣味は「人生」です。

 

 

どれだけ趣味に対するハードルが高かろうと、「人生」だけは死ぬまで自分から離れることはありませんからね。

 

「自分は何のために生きているのだろうか?」

「どうすれば苦なく幸せに生きていけるのか?」

 こんなことを意識せずに考えてしまうと、

「お!?自分ちゃんと趣味できてんじゃん!!」

なんて思ってしまいます。

 

「なぜ人は生きるのか」なんてアホなことを義務教育終えた後も考えてる人なんて、滅多にいませんから。

これこそが私のアイデンティティになっています。 

 

 

 

てところで、記事を締めます。

 

何気ない日常になんて価値はなし。

 

それでは。