未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

人、作品、自己啓発についての考察記事を書いていきます。ただし、メインコンテンツは筆者の「自己肯定論」です。

僕の本質は「無意識を意識する」ことだったんだ【精神分析】

 

皆さんは自分の本質が何かと聞かれた時、正確に答えることができますか? 

 

ちなみに、僕は言えます。

 

僕の本質は「無意識を意識に変える」ことです。

 

これが全てだと言っても過言ではありません。

 

この性質があるせいで、僕は哲学的な世界に迷い込んだわけです。

 

趣味なんてものとは一線を画す"僕(哲学人間)の本質"について今回は語っていきます。

 

 

 

"普通の人"はほぼ無意識で行動している

人間の行動の大部分は無意識で構成されています。

 

  • 朝起きてカーテンを開ける
  • トイレに行くために、立ち上がって歩く

どれも当然のように無意識に行っているでしょう。

 

  • 「部屋を明るくするためにカーテンを開けるぞ」
  • 「トイレに行くには歩く必要があるな」

なんていちいち考えてる人はまずいないはずです。

 

このように"普通の人"は日常のほとんどを無意識のうちに過ごしています

 

上で挙げた例のように、やろうと思えば意識して行動することもできるでしょうが、そんなのは面倒くさいだけです。

基本的には何も考えずに直感的に行動を選んでいます。

 

無意識を意識する」とは

「無意識を意識に変える」とはその言葉通り、無意識で行った行動の意味を考えて意識の領域ににまで持ってくることです。

 

  • 十分寝てるのに二度寝してしまうのは、現実逃避したいから
  • 本当に好きな趣味がないのは、自己愛が足りないから

 というように、僕は自分が行った行動全てに後から意味づけをしています

 

もちろん、僕も普通の人と同じように普段は無意識のうちに日常を過ごしていますが、少し時間を置いてしまえば話は別です。

瞬く間に、無意識でとった行動の意味を考えて意識的な行動に変えてしまい、僕の取った行動には意識的行動しか残りません。

 

僕にとって、「何となくそうした」なんて行動は一つたりとも存在しないのです。

 

これは任意でやっているというより半強制的にやってしまっている習慣なので、ある意味で僕は無意識で行動することが"できない"とも言えます。

無意識(自然)な行動が取れない男とか悲しいです…

 

メリットとデメリット

この性質にはメリットとデメリットの両方があります。

 

片方ずつ説明していきましょう。

 

メリット

良い面と悪い面。どちらかと言えば、良い面に目を向けたいものです。

 

「無意識を意識に変えてしまう」ことの最大のメリットは、それ自体が最強の自己分析法であり、かつ最強の哲学法であることです。

 

まず、自分の行動の意味を全て知ることは、かなり精度の高い自己分析に繋がります。

そして、自分という一人の人間を完璧に分析するということは、人間の本質に迫る新しい哲学に行き着くことができるのです。

 

僕は哲学というジャンルでブログをやっている訳ですが、ネタ収集の方法はだいたいこの性質に依るところが大きいです。

 

デメリット

悪い面も当然存在します。

 

デメリットは、考え過ぎることで単純に疲れてしまうことです。

 

日常の行動全てに意味を付けていくのは、やはり頭にかなりの負担がいきます。

僕が重度の逃避癖を持っているのも、このあたりの過剰な疲労が原因です。

 

また、無意識がなくなるがゆえに、自然(無意識)な行動を取ることができなくなります

傍から見ていると、恐らくどこかぎこちのない動きになっていると思います。

 

さらに、いくら考えても意味を見出せないような「何気ない日常」に価値を感じることができなくなります

これについてはすでに記事にまとめています。

 

 

フロイトの精神分析法と似ている!?

ちょっと前に読んだ心理学者フロイトの本『精神分析入門 夢判断』の漫画版に、僕のこの行為と似たような方法が載っていました。

 

本の中で、この思考法は「精神病(トラウマ)の治療法」として取り上げられています。

 

すべての人の心のなかには空想・記憶・さまざまな観念・夢などの絶えない意識の流れがある。一見なんの関連もないそれらをひとつひとつだとっていくと、やがてひとつの観念へと導かれる…。それが長いあいだ心のなかで抑圧されていた苦痛な記憶へつながる。

「気持ちを自由にして。頭のなかに浮かんだどんな些細なことでもかまいません。ひとつのことから次々と連想を重ねてみるのもいいでしょう。」

フロイトの「精神分析」

 

もしかしたら、僕が普段からやっている「無意識を意識していく」行為は、自らの内面を分析していくことにおいて結構いい方法なのかもしれません。

 

 

 

 

てところで、そろそろ記事を締めたいと思います。

 

よくよく考えると「無意識を意識する」って字面、矛盾してて面白いですね。

 

それでは。