未熟者の哲学語り

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「利己的」な人はなぜ損をするのか?徹底解明してみた。

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どうも、管理人のハイネスです。
 
私は、利己的な人間を好きになれません。
 
誰だって、他人をないがしろにして自分勝手する人間を好かないでしょう。
 
そんな他人から嫌われやすい「利己的」な人は損をするに決まっています。
 
では、 「利己的」な人とはどんな人なのか?
そして、なぜ「利己的」な人は嫌われるのか?
 
今回はそこら辺の所を徹底的に調べていきます。 
 
 

利己的とは

 
「利己的」とはそもそもどういう意味なのでしょうか。
 
まずは、「利己」の定義から確認しましょう。
 
利己
自分一人だけの利益を計ること。

 

自分一人「だけ」の利益を計ること。

つまり、トイレットペーパーをちょうど使い終わっても新しいのを付けて出ないような人を指しますね。

 

 はい、そういう人は利己的な兆候でてますよ。

 

まあ、と言ってもそんな簡単に区別できるようなものではないと思います。

 

どんな人でも利己的な面は少なからずありますからね。

 
という訳で、次はどのような人が「利己的」であると判断されるか、その基準を探してみます。
 
 
 

「利己的かどうか」の判断基準

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人が利己的であるかそうでないか。
 
それを判断するのはあくまでも周りの人です。
 
対象自身がどんな思考をしているかは全く関係ありません。
 
したがって、「利己的」な人間というのは正しくなく、「周りから見て利己的」な人間というのが正しいです。
 
本人が自分を利他的だと思っていても、周りが利己的だと思えばそれは利己的であるということです。
 
どれだけ猫かぶってようと、他人から見たら外面が全てであり本心なんて関係ありません。
 
 
重要な問題は、どちらの視点から見るかということです。
 
 つまり、あなたが自分勝手だと感じた人は「利己的」な人と言っていいわけです。
 
 
ただ、、、これ当たり前のことを言っているだけなんですが、次に話すことに深く繋がっていきます。
 
 
 

人類はみな利己的である

 
 私は次のような考えを持っています。
 
全人類は利己的である。
 
生きている人は誰であっても利己的であるということです。
 
しかも、利己的な行動が多いとかではなくて、一挙手一投足すべてが自分の利益のためだけに行われてるということを意味しています。
 
たとえ優しい行動であったとしても、それは罪悪感から逃れるためや、助けてやったという満足感を得たいがためだけの自分勝手なものにすぎないわけです。
 
 
・・・というように、少し過激なことを言いましたが、これは自分自身の視点から見た場合に限った話です。
 
他人から見れば、優しい行動は利他的だと感じるに決まってますから。
 
つまり、人間なら誰でも最初は利己から始まり、それを性格というファクターを一度通すことで、利己・利他に分岐していきます。
 
自分で自分のことを利己的だと思うのは当たり前で、そのあとの評価は相手に委ねるしかないということです。
 
次に、その性格の重要性について語りたいと思います。
 
 
 

人間の思考骨格(性格)

 
相手に利己的であると思われるか、つまり、自分勝手で嫌な奴と思われるかどうかは性格に大きく関わっています。
 
性格といっても、ここではもっと広い意味で物事への価値観認知能力を意味しています。
 
利己的精神がどういう経路をたどって行動に昇華されるのか、それをつかさどるのが性格というわけです。
 
 
 

理想的な人間像

 
最後に、理想的な人間像を提示することで、利己的に見られる人がどれだけ損をしているか示します。
 
理想的人物
「他人の幸せ」を「自分の幸せ」に還元できる性格を持つ人。
つまり、利己的精神を利他的行動に繋げることができる。
 
こういう性格をしている人は得だと思います。
 
相手からの心証を良くしつつ、自分の気分も良くすることができるのですから。
 
それに比べると、利己的に見られる人は損をしているのは明らかですよね。
 
 同じように利己的精神に従って生きているのに、周りの人に迷惑かけまくって心証最悪になってますからね。
 
そういう人は、日頃の自分の行動を振り返って反省し、少しでも利他的になれるように努力すべきです。