未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

HSP(過敏感)の筆者が、人・作品・自己啓発についての考察記事を書いていきます。

部屋で一人、自問自答する。【内向的人間の築く自己完結した世界観】

f:id:hainesu:20190316183201j:plain

 

「この世界の仕組みが知りたい。」

 

「周りの人の考えてる事を知りたい。」

 

「なぜ自分は生きているのか知りたい。」

 

僕は、自分の分からないことが知りたい。 

 

先の見えない未来を照らすために、将来への不安を取り除きたい。

 

ありのままの自分が、ただ生きることの正当性を担保させたい。

 

だが、分からない。

 

内向性が高いがゆえに、友達が少なく、外へ出かけるような経験も少ない。

 

僕は一人でいることが多い。

 

ある意味で、無意識的に一人でいる環境を選び取っている。

 

僕の世界観は、自分一人によって素晴らしく自己完結している。

 

 

 

自分の中に世界を見る

普通の人は、他人とのコミュニケーションを重ねていくことで、人の特性や本質を理解していくのだろう。

 

だが、内向的な人間は違う。

 

知りたいこと全てを自分自身に問い、自分の考えを通して、この世界の仕組みを感じとろうとする。

 

例えば、「人はなぜ働くのか?」という問いがあったとして、それを直接働いている人たちに聞くようなことはしない。

 

自分に問いかける。

自分だったらどんな状況になるか、自分だったらどんな反応をするか、自分だったらどんな理想を抱くのか。

 

たとえ自分がまだ働いたことのない学生であったとしても、空想の上で作り上げた"社会人"の思考方法を、自分の中に完璧にトレースする。

圧倒的な共感能力をもって、この世界の全ての人になりきってみせる。

 

内向的な人間は、家から一歩も出ずとも、この世界のあり方を明確に感じ取ることができる。

そう、正に、自分の内側に世界を見ている

 

ひどく不完全でありながらも、美しく自己完結した世界観が、個々人の中に築かれている。

 

与えられた「人間」という名の器

「自分一人だけで作り上げる世界観など、偏っていて普遍性がない」と考える人がいるかもしれない。

 

だが、これが意外とそうでもない。

 

なぜなら、僕らは、「人間」という普遍的な器を通して、この世界の理を知ろうとしているからだ。

 

通常の思考から逸脱したサイコパスでもない限り、普通の人とは大きくかけ離れた結果を導いてしまうこともない。

周りの70億人と全く同じタイプで、全く同じ性能を持った、「人間」という枠組みを使っている。

 

自分とは性格が大きく異なる人の考えていることも、きちんと理解することができる。

自分の中にある「人間」という器に、様々な形で刺激を加えてあげることで、人間の感情の動きを実験することができるからだ。

 

自分の脳を、特定の状況に置かれたと強く洗脳し、その環境下での反応を探ることに近いかもしれない。

 

自分の身体を実験道具とすることによって、この世界の全ての人の心理を、疑似的に明らかにすることができるのだ。

 

この世界はひどく曖昧すぎる

そもそも、なぜ内向的な人たちは、自分の世界観などを作ろうとするのか。

 

それは、敏感で繊細な人たちにとって、この世界はひどく曖昧で、自分の存在さえ危うく感じてしまうからだ。

 

共感能力が高く、思考能力が深いがゆえに、この世界を一括りに捉えられないことに強烈な違和感を覚えてしまう。

こんなにも不安定でフワフワとした、地に足が着いていないような世界では、いつまでも安心感を得ることができない。

 

↓詳しくは下記記事で。

 

だからこそ、僕らは、"歪み"と引き換えに、圧倒的な"安定性"を得た、自らの中に作られる完結した世界観に、身を委ねたいと強く思う。

 

内向的な人に許される唯一の行為は、

歪みながらも本質を掴んだ「他者への理解」

 

そして、それらの解放応用

 

内向性とは上手く言ったもので、その言葉通り、自分の内面と向き合うことに長けている。

せっかく見つけた自分の中に眠る真実を、使わないなんて勿体なくてかなわないだろう。

 

というか、その捻くれた性格を活かせなければ、今の自分に生まれてきた意味がないから、我慢して封じ込めるという選択肢はありえない。

と、僕は思っている。

 

 

 

 

というところで、今回は以上。

記事のネタが思い浮かばない時は大体、自分の脳内にダイブして答えを探します。

 

それでは、また。