未熟者の哲学語り

知識ゼロだが「哲学」で幸せになるわ

人はたとえ知識が無くても、「死ぬ気で考え抜く」だけで一つの真実に到達することできる。このブログでそれを証明します。

僕は「死刑」に賛成だが、君は「死刑」に反対か?

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死刑」半端ないって!

 

後ろ向きな話題なのにめっちゃ議論されるもん…

 

そんなんできひんやん普通、そんなんできる?

 

言っといてや、できるんやったら…

 

 

…と、茶番はこの辺で終わりにして本題に入っていきます。

 

今回は、何かと話題になりやすい「死刑」についての考察です。

今までにも、このテーマについてはいくつもの議論がなされてきたように思います。

 

なぜこんなにも死刑というテーマは人の心を動かしてしまうのでしょうか?

 

(あんま興味ないけど)考察していきます。

 

 

死刑と無期刑で何が違うのか

まず、そもそも死刑はどんな特性を持っているのか考えてみます。
 
比較対象として上げられるのが、死刑の次に重い刑である「無期刑」です。
無期刑と比べて考えると、死刑の異質さが際立って特徴を掴みやすくなります。
 
まず第一に挙げられる死刑の特徴は、
死刑が執行されると死刑囚は"死ぬ"
 という事実です。
 
あたりまえ体操並に当たり前のことを書いてみましたが、これが死刑の持つ唯一にして最大の特徴です。
人間ならば誰もが最後は行きついてしまうのが「死」であり、それは人間が生きる上で持つ最大の問題の一つでもあります。
 

「死刑執行」という圧倒的"具体性"

人間が生きていればもちろんいつかは死ぬことになるのですが、それが正確にいつなのかということまでは分かりません。
病気だろうと、老衰してようと、普通の人よりも死が迫ってきていたとしてもその死にはある程度の曖昧さが含まれています。
 
しかし、こと死刑となると話は変わってきます。
死刑には「死刑執行」という圧倒的な"具体性"が備わっているのです。
 
死刑が執行された瞬間、死刑囚の人生はそこで終わります。
そこには一切の恩情もないし、ただ規則に則って淡々と命を奪うだけです。
 
人一人の命が消えるのが社会全体の意志として揺らぐことなく決定されているという事実には恐ろしさすら感じます。
将来への希望や現実からの逃避を一切許さないこの徹底的な冷血さこそが、死刑に対して恐ろしさを感じてしまう要因なのでしょう。
 

死刑への賛否の意見

死刑が話題に上がると必ずと言っていいほど賛否両論含んだ議論が巻き起こります。

 

という訳で、賛否二つの意見を今一度確認していきます。

 

【賛成】殺人の報いとしての死

死刑囚が死刑を宣告されたのは、「複数人を死に追いやった」という理由がほとんどです。

 

遺族の方々からしてみれば、「何の罪もない家族を殺した犯人は死んで償うのが妥当だ」と思うのは当然のことでしょう。

もっと言えば、何の関係もない一般人から見ても、「こんな悪い奴は死んで当然だ」と思うのではないでしょうか。

 

理性的というよりも感情的に考えるならば、こう考えるのも納得できると思います。

ありえないほどに非人道的な犯罪を行った人間に対しての、最も重い罰として報いとしての「死」になります。

 

【反対】更生または倫理を考えての廃止論

犯罪を犯してしまった囚人が今後更生する期待を込めて死刑に反対する人や、合法的に人を死に追いやれる仕組みがあるのは倫理的におかしいとして反対する人などがいるでしょう。

 

どちらにしても、こうした死刑反対論者の意見はかなり理性的なものが多いです

 

個人の感情に任せて行動をとるのではなく、人類を一つの輪として全体が良くなるように行動するべきだと彼らは考えています。

確かに、全体主義的に考えれば一人の怒りの感情なんかよりも一人の今後の命の方が重いですから、更生なども期待して生かしておいた方がいいのかもしれません。

 

他にも、「死は必ずしも最大の罰になるわけではない」と考える人もいますね。

 

死刑賛成派を駆逐するのは不可能

大まかに、

  • 死刑賛成派は"感情的"
  • 死刑反対派は"理性的"

と区別することができます。

 

ただ、感情的だから悪いとか理性的だから良いという話ではありません。

  • 感情的というのは人間として"自然"な行動
  • 理性的というのは人間として"不自然"な行動

である、という話です。

 

死刑賛成派は感情的に判断しているので、先入観なく考えれば人は誰しも死刑を賛成する方向に行くはずです。

理解できない行動をする危ない人間を始末したいと思うのは当然のことでしょう。

 

では、反対する人たちは何なのか?

反対する人たちは、内から溢れ出る感情は抑えて全体としての利益になるように自分をある意味で騙すように思考しているのです。

そもそも宗教や教育環境により「死=いけないこと」や「人は生まれた時から罪人」などと訳の分からん固定観念を植え付けられてる可能性もあります。

 

良いか悪いかは別として、反対派はプレーンな思考状態から頭を騙すことによって「死刑は廃止するべき」という考えに至っています

 

つまり、このひと手間を加えないと賛成から反対に移ることはできないのですが、長い期間をかけて習慣を付けさせない限りそう易々と思考は変えられるものではありません。

特に、死刑が制度としても概念としても当たり前として根付いてしまっている今の日本で死刑を廃止にもっていくのは正直言ってかなり無謀です。

 

 

 

 

以上の理由より、日本では今後すぐに「死刑」がなくなることはなく、ことあるごとに議論が繰り返されることになるでしょう。

 

果たして、日本で死刑が廃止になる日はくるのでしょうか?