未熟者の哲学語り

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職業:大学生、趣味:哲学。そんな男のはけ口のブログ。

【書評】J・S・ミルの『自由論』 我々は合理的に考えて“自由”になった方がいい

先日、ジョン・スチュアート・ミル著の『自由論』という本を読みました。

 

自由論 (光文社古典新訳文庫)

自由論 (光文社古典新訳文庫)

 

 

この本を選んだ理由は、著者のミルに対して前々から興味があったからです。

 

今現在、「社会的に束縛されていて、自由になりたいと思っている」訳ではありません。

 
…とまあ期待せずに読み始めたのですが、この『自由論』という本は予想以上にためになる本でしたね。
 
今回はそこらへんを含めた本書の素晴らしさを紹介できればと思います。
 
 

『自由論』の特徴

この本の内容は、タイトルの通り「自由」について語るというものです。
 
最初から最後まで「自由」だけを扱う、そうした本は探せば他にもあるでしょう。
 
ただ、本書が他の「自由」を扱う本と一線を画すのは、自由を功利主義の観点から論じているという点です。
 
功利主義
行為や制度の社会的な望ましさは、その結果として生じる“効用”によって決定されるという考え方。

 

つまり、言い換えてしまえば、
「『人間はみな自由であるべきだ』とか綺麗事を言ってるんじゃない。『自由だと俺が得するから自由にしろって言ってんだよ。」
という話です。
 
これこそが、功利主義的な自由という訳です。

 

というのも、この功利主義は本書の著者ミルの考え方に由来しています。

 

ミルはイギリス出身の哲学者であり、特によく扱うのが政治、経済分野です。

そして、師であるベンサムから功利主義の考えを受け継いでいるのです。

 

 そうした背景があったからこそ、自由を功利主義的に語ろうと思ったのでしょう。

 

『自由論』の概要

本書の内容をまとめると次の一文で表すことができます。

 

その原理とは、人間が個人としてであれ集団としてであれ、ほかの人間の行動の自由に干渉するのが正当化されるのは、自衛のためである場合に限られるということである。文明社会では、相手の意に反する力の行使が当化されるのは、ほかのひとびとに危害が及ぶのを防ぐためである場合に限られる。

『自由論』 第1章 はじめに

 

つまり、『自由論』とは、賢い人(ミル)が300ページ近く語りまくって「他人に迷惑をかけなければ何してもいいんだ」と主張する本だと言えます。

 

これが全てで、これ以上も、これ以下もありません。

 

ただ、この唯一の結論を説明するまでの過程がとても素晴らしいのです。

 

ミルは読者が本当の意味で「自由」の意義を理解できるように、あらゆる想定や反論、実例などを本書で展開しています。

 

こうした過程をしっかりと読み理解して初めて、「自由」のありがたみが分かるのだと思います。

 

ビビッと来たフレーズを一部紹介

本書では、話を進めるに当たって、ミルの持つ様々な理論が登場します。

 

その中で私にとって目新しくて面白いと思ったものがいくつかあったので、各章一つずつ紹介したいと思います。

 

第1章 はじめに 

私の見るところ、効用(利益)こそがあらゆる倫理的な問題の最終的な基準なのである。

 

この言葉は、「倫理的にダメ=最終的に損をする」ということ示しています。

 

この考え方は辞書的な意味からはだいぶズレている気がします。

 

倫理

 人倫のみち。実際道徳の規範となる原理。道徳。

引用:広辞苑

 

倫理的な問題というと、私はまずはじめにクローン人間を思いつきますね。

 

クローン人間はなんとなく人権とかの問題で禁止されているのだろうと考えてましたが、この効用の価値観を持ち出すと面白いです。

 

例えば、優秀な人間のクローン人間を創ったとしても、それは得にならず、巡り巡って損になってしまうということです。

 

倫理=損得

面白い考え方だと思います。

 

第2章 思想と言論の自由 

自分の意見に反駁・反証する自由を完全に認めてあげることこそ、自分の意見が、自分の行動の指針として正しいといえるための絶対的な条件なのである。 

 

自分の意見が正しいのかどうか。それを完璧に判断するのは不可能に近い。

 

ただ、自分の意見を柔軟に変えようとする姿勢を持つことこそが、正しさへの一番の近道になる。ということです。

 

第3章 幸福の要素としての個性 

人間が間違った行いをするのは、欲望が強いからではない。良心が弱いからである。衝動が強ければ良心は弱い、というのはけっして自然の道理ではない。自然の道理をいうならば、衝動が弱いと良心も弱いのである。

 

衝動、つまり欲求が強いのは悪いことではないという考えです。

 

これは欲求が強い人、つまり変態を擁護している文だと読み取れます。

 

欲求は確かに大きなリスクをはらんでいるが、それと同じくらい利益をもたらす可能性もある諸刃の刃だという訳です。

 

第4章 個人に対する社会の権威の限界 

社会にはひとびとの私的な趣味やまったく個人的なことがらに干渉する権利がない 

 

どんな趣味を持っていようともそれは自分の勝手であり、他人にとやかく言われることではないということです。

 

最近では、SNSの普及で他人の変わった趣味を見かける機会も多くなりましたが、あまり触れてやらずそっとしておきましょう。

 

第5章 原理の適用 

自由の原理は、自由を放棄する自由は認めない。自由の譲渡まで認めるのは、断じて自由ではない。

 

 自由とは何をしても許されるという風に思えますが、自由を捨てる自由は認められないんですね。