未熟者の哲学語り

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「哲学」とは何なのか?役に立つのか? 哲学に救いを求めた男が語る

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どうも、当記事の筆者のハイネスです。
 
私は理系大学生であるにも関わらず、哲学に興味をもち始めてしまった哲学初心者です 。
 
この記事では、素人が哲学を学ぶまでの流れ
そして、個人レベルで役に立つ哲学を紹介します。
 
 
 

哲学とは

「哲学」の定義は
哲学
 
①(philosophy) 物事を根本原理から統一的に把握・理解しようとする学問。
 
②俗に、経験などから築き上げた人生観・世界観。また、全体を貫く基本的な考え方・思想。
 

 では、①、②の内容に簡単に触れてみます。

 

 まず、
①のような堅い使い方だと、「学問としての哲学」と呼ばれます。
言語を巧みに操り、他の学問分野の基礎を築きます。
 
②は派生で、「 〜(人名)の哲学」という使い方です。
これは、①の考えを「人生観」に応用したものですね。
専門家でない一般の人にとっては、こちらの方が馴染み深いと思います。
 
どちらにしても、
哲学をする = 物事の根幹・本質を把握すると大雑把に認識することができると思います。
 

哲学に求めるもの

突然ですが、私は過度な逃避癖を持っています。
また、それに伴う自己嫌悪も激しかったです。
 
 
悶々と考え続ける中で、何かに救いを求めている自分がいました。
 
そしてある時、私は考えることの基礎となる「哲学」という学問があるのを思い出しました。
 
藁にもすがる気持ちでいた私は、次のような考えを持って哲学に触れました。
 
「哲学を学べば自己嫌悪のスパイラルから逃れられるはずだ」
 
 
だから、わたしが哲学に求めるものはただひとつです。
 
ありのままの自分を肯定できるようになること
 

過去の哲学を学ぶ

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哲学の学び方を聞くと、まずこう言われると思います、
「哲学書を読め」と。
 
しかし私は、過去の有名な哲学者たちの著書を全く読んだことがありません。
 
読んだことのある哲学に関する本は、「14歳からの哲学入門」という素人にも分かるように哲学の歴史をまとめた本一冊だけです。
14歳からの哲学入門 「今」を生きるためのテキスト

14歳からの哲学入門 「今」を生きるためのテキスト

 

これは本屋で目についたので何となく買っただけで、これでなければいけなかったというわけではないです。

 
ただ、こういう本を一冊読めば、哲学史はだいたい把握できると思います。
 
読んでおいて損はないでしょう。
 
 
あと、
すみません、忘れてましたが一冊だけ有名な哲学者の本読んだことありました 。
 
純粋理性批判という本です。
純粋理性批判 1 (光文社古典新訳文庫)

純粋理性批判 1 (光文社古典新訳文庫)

 
これはドイツ出身の哲学者イマヌエル・カントが書いた本です。
 
この本を選んだ理由は、ネット上のとあるサイトでオススメされているのを見たからです。
 
そして、この本は私を純粋な哲学の道から蹴落とすには十分な内容でした。
 
読んでいる最中の感想をちょっと紹介したいと思います。
 
次のような感じです。
 
「うおー、ついに買っちまったよー。
これが『純粋理性批判』か。
なんかカッケーな。
 
よーし、読んでみっか!
 
ペラッ
 
へー、哲学書っていっても普通の本とあんまり変わらないなー。
 
でも、難しい言葉が多くて読みづらいな。
 
そうだ、辞書で意味をしらべて書きこみながら読もう!
 
 
よーし、10回くらい読めば何となく言ってる意味が分かるぞ。
 
 
なるほど!
『時間』と『空間』だけは生まれながらの特別な認識なのか!
 
カントって面白いこと考えてんなー。
 
まあ、現実の世界では役に立たなそうだけどな。ははは。
 
…今日はもう寝るか。 」
 
・・・という感じでした。
 
雰囲気は面白かったけど、私が求めていたものとはだいぶ違いました。
 
今、目の前にある問題を解決したくて読んだのに、見当違いな話題を超難解に説明されても困りますからね。
 
これじゃあ、
まるで救急車が赤信号で律儀に待っているようなものです。
 
確かに、きちんと止まったほうが安全だし確実に進めるかもしれません。
 
でも、いかんせん時間がない。
 
とっとと目的地まで行きましょう!
 
結論、
時間に余裕があり絶対に一から哲学を学びたいという人以外は、
過去の哲学書を読む必要は全くないです。
 

「受容哲学」というスタイル

さて、
前の項目では「過去の哲学なんて学ばなくていい。時間の無駄だ。」と主張しました。
 
そこで、次のようなことを言いたい人がいると思います。
 
「じゃあ、お前は哲学で何したいんだよ? 哲学書が難しいからって批判してるだけじゃねえか」って。
 
 
 
というわけで、今度は私が考えた個人レベルでの哲学の使い方を紹介します。
 
時間の無い一般人が趣味で哲学をするとなれば、やることはひとつ。
 
自分の哲学(考え方)を探ることです。
 
ここで言う哲学とは、人生観、価値観などを意味しています。
ちょうど、前の項目で説明した哲学の定義②にあたるやつです。
 
つまり、私のおすすめする方法は自分の人生観を探ることに近いわけです。
 
 
次にその説明を載せます。
 
ここでは仮名で、これを「(自分を)受容(するための)哲学」と名付けます。
「受容哲学」
 
日常の自分の行動・思考を記録し、
その中から行動原理・思考原理を分析する。
 
そして最終的に、自らの根幹となる欲望(最深の行動原理)を見つけだす。
 
すると、
「自分」という存在全てをその欲望から説明できるようになる。
そして、ぶれない自分の像に安心感を抱くようになる。
 
こうして、良し悪しに関わらず「自分」というものを受容できるようになるのだ。

簡単に言うと、

これは「ありのままの自分」を見つけるために「自分の哲学」を形作っていこうということです。

 

自分を把握するのは自己肯定する上ではとても重要で、

把握方法には「哲学」という言葉が一番しっくりくるというわけです。

 
 
ちなみに、私が持つ欲望のひとつは「逃避癖」ですね。
 
誰にでも逃避癖はあるでしょうが、私の場合はそれが人一倍強いです。
 
「周りの環境」と「逃避癖」を組み合わせれば、私の行動のだいたいは説明できます。
 
これを意識し始めてからは心が少し軽くなって、自己肯定感も以前より高まりました。
 
 
あと補足として、
この「受容哲学」に似た考えを持っている人を次の項目で紹介します。
 

「受容哲学」に似た考えをもつ男

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この「受容哲学」に似た考えを持っているキャラクターがいます。
 
それは、
荒木飛呂彦氏の描く漫画『ジョジョの奇妙な冒険』第6部に登場するエンリコ・プッチという男です。
 
彼は神父でありながら物語のラスボス的立ち位置にいる異色の人物です。
 
そして、次のような言葉を残しています。
 「覚悟した者」は「幸福」であるッ!
 
悪い出来事の未来も知る事は「絶望」と思うだろうが
 
逆だッ!
 
明日「死ぬ」とわかっていても「覚悟」があるから幸福なんだ!
 
「覚悟」は「絶望」を吹き飛ばすからだッ!
 

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覚悟 = 幸福というシンプルな考え。
 
私の考えはコレとかなり似ています。
 
「良いこと、悪いこと関係なく、『きちんと把握』できていることが重要」という点がそっくりです。
 
彼はこの考えで万人を救えると信じて、全ての生き物が「次に何が起こるか知っている」世界を作ろうとするんですよね。
 
多少独善的だとは思いますが、私もこのような強い意志を持って自分の道をつき進んでいきたいです。