未熟者の哲学語り

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【考察】なぜ僕の自己肯定感は低いのか?

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どうも、ハイネスです。

 

私は、自己肯定感が低いです。

 

今回は、そこら辺の原因を考察していきます。

 

 

 

 

「自己肯定感が低い」って具体的にどんなもん?

端的に言うと、自信がないっていうことです。

 

他人と自分を比べた時に、どうしても自分の方の価値を低く見てしまったり、

 

どこかでもいつも保険や言い訳を考えて行動を決めていたりと、

 

臆病な自尊心しかないってことです。

 

…とまあ、ここの詳しい内容はそこまで重要でもないので、原因の方を探りにいきましょう。

 

私の幼少期の育てられ方

私の持論として、「人間の性格は、概ね幼少期の環境に依存する」っていうのがあります。

 

ですので、私自身の幼少期に受けた親からの扱いをまずは書いていきます。

 

親から子への干渉

親からの干渉は良い意味でも悪い意味でも少なかったですね。

 

習い事や勉強を強制されるということもほとんどありませんでしたし、子どもの意志を尊重するという感じでした。

 

そういう次第で、親からの抑圧が少なかったので、自然と反抗期なんかも私はありませんでしたね。

 

親の兄弟喧嘩への対応

この兄弟喧嘩の要素こそが、私の人格形成に一番影響したと思います。

 

 

というのも、私は3人兄弟の末っ子で上に2人の兄がいました。

 

男兄弟ということもあって、喧嘩もしょっちゅうしていた訳ですよ。

 

そうすると、一番年下の私がもちろん喧嘩に負けて泣きわめくんです。

「うえーん、うえーん。ママぁー、ママぁー」って。

 

それに対して、親の対応はどうか?

 

無 視 ですよ!

 

私がいくら泣こうが、全くもって意に介さない。

そこには悪意すらなく、あるのはただ純然たる無関心だけ。

 

好きの反対は無関心、ってこれ一番言われてるから!

 

私だって、最初の5分ぐらいは悔しさと怒りに任せて全力で泣き喚けますよ?

でも、10分、20分と経ったらもう頭はだいぶ冷静になってますから。

30分くらいになると、もう泣きの残りカスも残ってませんよ。

ヒクヒクと小さい呻きを絞り出す、惨めな少年が残るだけです。

 

1時間経って、泣き跡もなくなって、

「なんていうか、泣いても無駄なんだな」っていう寂しい思いだけが当時の私に突き刺さりました。

 

こうした、兄弟喧嘩は私に見えない数多の傷を残していったのです。

 

親からの愛を感じ取れなかった

私の両親は、普通に優しいし子どもへの愛情も深いほうだったと思います。

でも、子どもにとって一番大切な"かまってほしい気持ち"を満たしてはくれませんでした。

 

そうした要素が、今の自己肯定感の低さを助長したのではないかと私は考察しました。

 

最後に

一応、誤解されたくないので付け書きますが、

これは、今の自分の不満を親に責任転嫁するという趣旨ではありません

 

ただ、客観的な事実として、一番ありえそうな候補を挙げたというだけです。

 

それに、私は自分に自信はありませんが、そんな自分が嫌いではないですからね。

 

 

それでは。